第11話

「え? どういう事?」



あたしは舞美に聞き返す。



付き合うわけがないと言い切れる理由がわからない。



「だって、夢羽は本土に許嫁がいるでしょ」



舞美が目をパチクリさせてそう言った。



「許嫁!?」



あたしは思わず声が大きくなり、慌てて両手で自分の口を塞いだ。



「2人とも知らなかったの? 佐古家の人たちはみんな生まれた時から本土に許嫁がいるんだよ」



舞美は呆れたような口調でそう言う。



知らなかった……。



今、あたしの心の中は驚きと衝撃で一杯だ。



「だからさ、たとえ夢羽に好きな人ができてもその恋は絶対に叶わないんだよ。



それはそれで可愛そうだと思うけど、でも夢羽の許嫁って人はすごくカッコよくて優しい人なんだって。だからきっと夢羽も相手の事を好きになるだろうって」



舞美はスラスラとそんな事を言う。



どうしてそこまで知っているのか不思議に思っていると、それに気が付いた舞美が説明を始めた。



「あたしのお父さん、夢羽の家の会社の社員なんだよね。


夢羽のお父さんと同年代だからすごく気にいられて仲良くしてて、お酒の席とかでそんな話を聞いたみたい」



なるほど。



それなら舞美にそう言った話が伝わってきてもおかしくない。



「そっか……」



あたしはぼんやりと瑠衣と夢羽の姿を思い出していた。



2人は絶対に結ばれることはない。



それは安堵と同時に、切なさを感じる事実だった……。




放課後、あたしはアルバイトに来ていた。



生きている限り死ぬ。



そんな中で生きていくには1日を精いっぱい生きる事が大切。



でも……精いっぱい生きても叶わない、変えられないことは必ず存在している。



瑠衣と夢羽を見ているとそれが痛いほどよくわかった。



見た目だけじゃ本質はわからない。



辛い気持ちも悲しい出来事も、表面にある笑顔でかき消されてしまう。



「モコちゃん、なんだかボーッとしてるね?」



河田さんにそう声をかけられて、あたしはハッと我に返った。



『ロマン』はすでに開店していて、河田さんは『お客様』を1人解体した所だ。



「ご、ごめんなさい……」



「いやいいよ。お客さんはいないし、君くらいの年齢には色々と考える事があるだろ」



河田さんはそう言って、コーヒーを飲んだ。



「河田さんは……」



「なに?」



「好きな人が死んだ時、辛かったですよね」



「あぁ。もちろんだ」



河田さんは大きく頷く。



「……ごめんなさい、当たり前の事を聞いて」



あたしは軽くほほ笑んでそう言った。



どうやって乗り越えたのか。



どうやって笑顔を取り戻したのか。



それが知りたかったけれど、まだまだ人生経験の浅いあたしは言葉を探ることもままならない。



オブラートに包むこともできず、無意味に河田さんを傷つけてしまいそうだった。



「いいんだよ。俺が答えられる事ならなんでも聞いてくれ」



河田さんは笑顔を絶やさない。



瑠衣は夢羽を、夢羽は瑠衣を失うと言う事が確定している。



そして2人はそれをちゃんと理解し、それでも互いに惹かれあっている……。



「……どうやって、立ち直ったんですか?」



「無理に立ち直る必要はない。このままの自分でいい。そう思う事で、気持ちを楽にしたんだよ。好きな人を無くして簡単に立ち直れる人間なんていないから」



河田さんの言葉があたしの胸にスーッと心地よく入り込んでいく。



無理をする必要はない。



辛い事があった時は、立ち直ることができないくらいの出来事に直面した時は、立ち止まればいいんだ。



河田さんは、もしかしたらまだ立ち止まっている最中なのかもしれない。



一見歩いているように見えるけれど、心の時間はずっと止まっていて休憩しているのかもしれない。



それは誰にも見えない事だけれど、きっと本人だけわかっていればそれでいい事なんだろう。



「ありがとうございます」



あたしは小さくそう言い、また瑠衣と夢羽の事を思い浮かべたのだった。


☆☆☆


『ロマン』のお客さんはとても少なく、店内BGMの音楽をぼんやりと聞いていた。



手元にはメニュー表があり、さっきから品名と値段のチェックをしている。



『ロマン』で使うものも当然船で運ばれてくるのだけれど、その費用や物価の値上がりなどでメニューの金額が最近変更になったばかりなのだ。



「特に異常なし、か」



一通りのチェックを終えてあたしはメニューを客席へと戻した。



クリスマスやお正月といった季節には店内の飾り付けをしたりして、時間を潰す事ができるのだけれど、何もない時期は本当にやることがなにもないのだ。



かといってボーッと座っているだけでお金をもらうなんてできないから、念入りな掃除やストックのチェックを行っている。



今日はそれもすべて終えてしまい、本当に暇だ。



もう1度店内の掃除でもしようか。



そう思ったとき、解体部屋の様子を思い出していた。



今日は『お客様』の人数が多いようで、数時間前から河田さんは出てこない。



それなら、解体部屋の掃除を手伝えばいいかもしれない。



監視カメラが設置されているから『ロマン』の様子を見ながら解体部屋にいることができる。



そう考えたあたしはさっそく隠し扉から解体部屋へと移動した。



丁度『お客様』を解体し終えた所なのか、河田さんはベッドの周りを掃除していた。



「河田さん、ここの掃除も手伝いますから」



そう言いながら河田さんから少し強引にホウキを受け取った。



何をしていいかわからないバイト時間は、あたしにとって苦痛でしかない。



「ん、あぁ。悪いね」



「いいんです。今日は『ロマン』のお客様が少ないので」



笑顔でそう返事をしながら、臓器をちりとりの中へと押し込めていく。



この生臭い臭いも、もう慣れてしまった。



大きなゴミ箱の中に内臓をうつし、そしてまたホウキで内臓をかき集めていく。



「馴れたものだね」



河田さんがあたしの作業を見つめてそう言った。



「河田さんのせいですよ?」



冗談めかしてそう言った時、部屋のドアが開いた。



2人で同時に振り返ると、そこには紫色の皮膚をした若い男の子が立っていた。



すごく悲しそうな顔をしていて、今にも泣いてしまうんじゃないかと心配になる。

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