第10話

「おはようモコ。教科書広げてるなんてどうしたの?」



舞美が驚いたようにそう聞いて来たので、あたしは教科書を閉じた。



「ちょっと付いていけてない所があったから、読み直してた」



「すごいじゃん。モコでも勉強するんだ」



冗談めかしてそう言うので、あたし冗談でふくれっ面をして見せた。



「おはようモコ、舞美!」



元気いっぱいに登校して来る楓。



その元気とは裏腹にまだ眠そうな顔をしている。



「まだDVD見てたの?」



舞美が楓に聞く。



「うん。もうカッコよくて!」



舞美の頬が一瞬にしてゆるんだ。



そう言えば最近アイドルグループにはまってるって言ってたっけ。



楓はアイドルのコンサートDVDを毎日のように夜遅くまで見ているらしかった。



そんな話を聞きながら、あたしの視線は教室の前の戸へと向いていた。



音を立てて開かれた戸から、笑顔の瑠衣と夢羽が教室へ入って来る。



2人が入ってきた瞬間、一部の男子生徒たちから冷やかしの声が飛んだ。



瑠衣と夢羽はその冷やかしを否定せず、夢羽は少し頬を赤らめた。



その表情にあたしの心臓はドクンッと跳ねた。



まさか、あの2人付き合い始めたわけじゃないよね?



そう思った時、冷やかしに対して「付き合ってねぇよ」と答える瑠衣の声が聞こえてきて、ホッと胸をなで下ろした。



でも……。



2人の様子を見ていると、付き合い始めるのも時間の問題なのではないかと感じられる。



そう思うとジッとしていられなくて、あたしは席を立った。



話の途中だった楓があたしに視線を送る。



「ごめん、話続けてて」



あたしはそう言って、瑠衣と夢羽のところまで真っ直ぐに歩いて行った。



「2人ともおはよう」



笑顔を浮かべて2人に声をかける。



「あぁ、おはようモコ」



「おはよ!」


「2人で登校して来るなんて珍しいね」



「さっき、偶然バッタリ会ったんだ」



瑠衣が何の躊躇もなくそう返事をする。



この前『ロマン』に2人できた時と全く同じ内容だ。



本当なのかもしれないが、嘘かもしれない。



瑠衣の表情からそれを読みとることができなくて、あたしは心の中で歯ぎしりをした。



仮に瑠衣が嘘をついているのだとしたら、2人で登校してきたことを秘密にしておきたいと言う事だ。



わざわざ秘密にする理由は……?



2人が、付き合っているから……。



あたしは笑顔を浮かべたまま、2人の間に割って入った。



「昨日のテレビ見た?」



夢羽に背中を向け、瑠衣に聞く。



「見た見た! 衝撃映像のやつだろ?」



「そうそう、すごかったよね!」



本当は衝撃映像なんて見ていないけれど、あたしは瑠衣に会話を合わせた。



よほどテレビが面白かったのか、瑠衣は1人でテレビの内容を話し始める。



あたしは相槌を打ちながらそれを聞く。



あたしの後ろにいる夢羽は……気が付けば、他のクラスメートから声をかけられて、その輪の中に入っていた。



夢羽は元々男子生徒に人気があるため、男子ばかりのグループだ。



あたしはチラリとそちらを確認して、笑顔になった。



夢羽は楽しそうに会話をしているから、あたしが罪悪感を持つ必要はないようだ。



気兼ねなく瑠衣とおしゃべりすることができる。



あたしはそう思い、声のトーンを上げたのだった。



瑠衣と夢羽はきっと付き合ってはいない。



朝から2人の行動を見ていて、昼頃にはそう感じられるようになっていた。



お互いに別々のクラスメートと会話をしていても知らん顔しているし、カップルらしい高度もう見られない。



朝偶然会って一緒に登校してきたというのは、本当の事だったんだろう。



「モコ、一緒にお弁当食べよ」



そう声をかけて来たのは舞美と楓で、あたしはお弁当を持って席を立った。



今日は天気がいいから教室のベランダで食べる事になった。



3人でベランダに座ってお弁当を広げると、ちょっとしたピクニック気分になる。



「今日のモコはなんだか積極的だね?」



楓にそう言われて、あたしは一瞬むせそうになった。



「そ、そうかな……」



2人はあたしが瑠衣の事を好きなことを知っているし、何度か相談にも乗ってもらっていた。



その度に積極的にいかなきゃダメだよ。



なんて言われていたのだけれど、こうしてちゃんと行動に移したことは今までなかった。



「瑠衣の反応はどう?」



舞美にそう聞かれて、あたしは首を傾げた。



「いつも通りに見える……」



あたしに話しかけられてすごく嬉しい。



という感じではないように見える。



普通の友達としてきたのだから当然と言えば当然だ。



「でも、今日のモコもメイク可愛いし、きっと大丈夫だよ」



舞美がそう言い、あたしの頭をポンッと撫でた。



「ありがとう」



照れくさくなってあたしは頭をかく。



あの給料日から毎日メイクを勉強して、少しでも可愛くなれるように努力をしているんだ。



そのためか、最近では男子生徒に話しかけられる回数が増えてきているように感じる。



瑠衣も、あたしの事を可愛いと思ってくれていればとても嬉しいけれど……こればかりはわからないことだった。



「夢羽と瑠衣は付き合ってないんだよね?」



楓がそう聞いて来たので、あたしは「たぶん……」と、自信のない返事をした。



しかしその時「付き合うわけがないじゃん」と、舞美がおかしそうに言ったのだ。

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