第8話

翌日は登校日だったけれど、気分のいいあたしは念入りにメイクをしていた。



できるだけナチュラルに見えるように、だけど目は大きくパッチリと。



昨日の帰りに買った雑誌を見ながら、どうにか可愛く仕上げる事ができた。



これなら夢羽に負けないかもしれない。



鏡の前でそんな自信が出て来る。



昨日は瑠衣と沢山話す事ができたし、心なしか瑠衣はあたしの事を見ていた。



あの視線が本物だったとしたら、瑠衣は夢羽の事が好きなわけではないのかもしれない。



瑠衣の気持ちが誰にも向いていないのだとすれば、あたしにだってチャンスはある。



今まで何も行動せずに来たけれど、瑠衣と夢羽が一緒にいるところを見たおかげで行動力が出てきていた。



瑠衣の事が好き。



今なら胸を張ってそういう事もできる。



学校について教室へ入ると、すぐに舞美と楓があたしのメイクに気が付いた。



「モコ、今日なんか可愛くない?」



舞美がグッとあたしに近づいてそう聞いてくる。



「メイク変えたの」



「へぇ! 可愛いじゃん!!」



「ほんとだ。モコかーわいい!!」



3人ではしゃいでいると他のクラスメートたちも気になったのか、あたしの机の周りに集まってきた。



どこのメーカーの化粧品だとか、基礎化粧品はどうだとか。



そんな話で盛り上がっている間にいつの間にか夢羽が登校してきていた。



夢羽はあたしたちに挨拶もせず、すぐに自分の席に座る。



そこに近づいていくのは……瑠衣だった。



瑠衣は何か夢羽に話しかけ、夢羽は楽しそうに笑う。



あたしはクラスメートたちに囲まれながらも、心の中にモヤモヤとした気持ち悪い感情を抱いていたのだった。


☆☆☆


瑠衣は相変わらず夢羽を見ている。



そう分かったものの、この日は他の男子生徒たちから「可愛い」と言ってもらえて、あたしの気持ちは前向きになっていた。



ちょっとずつでいい。



瑠衣の視界に入るような女の子になれるように頑張って行こう。



一旦家に帰り、着替えをしてからバイトへと出かけた。



学校のある日は開店時間ギリギリの出勤になる。



そんな時は河田さんが掃除を終わらせておいてくれるので、あたしはすぐカウンターに立つだけでよかった。



「おはようございます」



いつも通り挨拶をして『ロマン』に入るとお客さんの席に河田さんは座り、コーヒーを飲んでいた。



仕事前の一服というやつだ。



「おはようモコちゃん。今日はやけに可愛いね」



そう言われて、あたしは頬が緩んだ。



今日は沢山の人に褒められているためなんだか浮き足立っている。



「ありがとうございます」



照れながらもそう言うと河田さんが「ライバルに勝つためかな?」と、聞いて来た。



あたしはその質問にグッと押し黙ってしまった。



その通りなんだけれど、せっかく可愛いと言ってもらえていることは素直に喜んでいたかった。



「まぁ……そうですけど」



「青春だね」



河田さんはそう言い、コーヒーを飲んだ。



あたしはカウンター内に入り、エプロンをつけた。



そう言えば河田さんの好きな人の話とか、恋人の話は一切聞いたことがない。



「河田さんは青春していないんですか?」



「俺? 俺はいつまでもしてるよ」



河田さんは目を細めてそう言った。



いつでも青春していると言う事は、口に出さないだけで彼女がいるのかもしれない。



それは少し寂しいような気になったけれど、本気の恋と憧れの区別はちゃんとついている。



「さ、開店するからそこをどけてください。お客さんが入ってこれないじゃないですか」



「客なんてめったに来ないのに」



河田さんはそう言いながらもコーヒーの残ったグラスを手に席を立ったのだった。



この日の『ロマン』の客数は10人だった。



珍しく家族連れのお客さんが来て、一気に客数が増えたのだ。



と言っても、偶然この道を通って偶然『ロマン』が目に入った程度のお客さんだから、リピートして来てくれるかどうかはわからなかった。



普段よりも少しだけ賑やかだった『ロマン』を閉店させて解体部屋へ移動すると、ぐったりした様子でソファに座っている河田さんが目に入った。



解体の『お客様』は今日も多かったようで、片づけがまだできておらず血の臭いが充満している。



「河田さんお疲れまさです」



ボーっとして天井を見ている河田さんに声をかけて、その隣に座った。



河田さんと同じように視線を天井へ向けてみると、ちょうどシャンデリアが視界に入った。



綺麗に手入れされている骨のシャンデリア。



ホコリが1つも見当たらない。



それは河田さんは日ごろからこのシャンデリアを気にかけているからだった。



「このシャンデリアの『お客様』はどんな人だったんですか?」



あたしはシャンデリアに視線をやったまま河田さんに聞いた。

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