第7話

「モコちゃん、片づけなんていいのに」



河田さんの声が聞こえてきて振り返ると、まだ髪が濡れた状態の河田さんが立っていた。



シャンプーの匂いと湯気にドキッとする。



さすがに、同級生にはない大人っぽさを感じる。



あたしはすぐに河田さんから視線をそらせた。



「髪の毛ちゃんと乾かさないと風邪ひきますよ? 片付けはあたしがやっておきますから」



そう言いながらも自分の心臓がうるさい事に気が付いた。



河田さんは瑠衣とは違い、憧れのような存在だ。



大人で優しくて……セクシーで。



それは恋とは違うとしっかり理解しているのに、心臓だけはどうしても反応してしまうらしかった。



「ごめん。頼むよ」



河田さんの申し訳なさそうな声が聞こえてきて、洗面所が閉まる音が聞こえて来る。



あたしは『お客様』の内臓をホウキでかき集めながらホッと息を吐き出したのだった。



『ロマン』を後にしたあたしは最寄りの銀行によって7万円を入金し、残りの3万を持ってデパートへやってきていた。



島の中で一番大きなデパートだ。



流行ものも沢山取扱いがあり、島の若い人たちが集まる場所だった。



デパートに一歩足を踏み入れた瞬間から、その賑わいは感じられた。



休日と言う事でいつもより人が多く、店内のBGMもかき消されている。



あたしは真っ直ぐエスカレーターに向かいデパートの2階へと向かった。



2階3階が婦人服売り場になっていて、あたしはすぐに目的のお店についた。



パステルカラーを中心に取り扱っている可愛い服のお店だ。



島の賃金は安いので、こういうお店の商品も通常より少し安くなっている。



これなら今日全身コーディネートをしても1万円以内で済みそうだ。



あたしは値段を確認した上で夢羽を連想させる服を購入したのだった。


☆☆☆


人が集まる場所には出会いがあるかもしれない。



瑠衣と夢羽が偶然街で会ったように。



その考えが過り、あたしはすぐにトイレで買った服に着替えをしていた。



普段あまり着ないタイプの服に少し緊張する。



鏡に自分の姿を映してみると、まるで別人のようだった。



夢羽ほど可愛くはなれていないかもしれないけれど、今までのあたしとは違うと言うことだけはわかった。



心の中で闘争心が燃えている。



「大丈夫。瑠衣はあたしを見てくれる」



まるでおまじないをかけるように鏡の前でそう呟いた。



すると不思議と力が出てくる気がした。



そして、トレイから通路へと出た時だった……。



「モコ?」



そう声をかけられて、あたしはすぐに立ち止まった。



振り返ると男子トイレから冬が出て来るのが見えた。



一瞬瑠衣かと思ったため少しガッカリした気分になったが、あたしは笑顔になった。



「冬、買い物?」



「あぁ。瑠衣と一緒なんだ」



「瑠衣と!?」



思わず声のトーンが高くなる。



かったばかりのこの服を瑠衣に見てもらえるチャンスだ。



「これから昼飯なんだけど、一緒に行く?」



冬が当然のように誘ってくる。



「もちろん」



あたしは大きくうなずいて返事をしたのだった。


☆☆☆


それから瑠衣と合流し、デパートの5階にあるフードコートに移動していた。



いつもと違う服を着ているからか、瑠衣の視線が気になり始める。



少しでもあたしを見てくれているかな?



そう思って視線をやると、瑠衣もあたしを見ている。



そんな事が数回続いていた。



普通に会話をしながらもどこか緊張していて、注文したうどんの味もよくわからなかった。



何気ない会話を続けている内に瑠衣の口から「そういえば、コーヒーすごく美味しかったよ」と言われた。



「あ……うん。また来てね」



突然話題をふられたため一瞬とまどいながらも、あたしはそう返事をした。



「コーヒーって、モコのバイト先に行ったのか?」



「あぁ。モコが入れてくれたコーヒーめちゃくちゃうまいんだよ」



自慢げにそう言う瑠衣に、頬が赤くなる。



「へぇ、俺も飲んでみたいな」



「今度冬もおいでよ……みんなで」



そう言い、チラリと瑠衣を見た。



「そうだな。俺もまた行きたいし」



瑠衣は笑顔で頷いた。



やった!



瑠衣がまた『ロマン』に来てくれる!



あたしの顔は自然とにやけてしまったのだった。

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