第6話
ベチャッベチャッと音を立てながら『お客様』の体から臓器が落下して行く。
あたしはその臓器をホウキでかき集めた。
「あなたの皮膚の一部を再利用させていただきます。そうだなぁ……カバンなんかどうでしょう?」
河田さんの言葉に『お客様』はうっすらと目を開けて小さく笑った。
了承を得られたということでいいようだ。
「それでは……これで最後です」
河田さんはそう言うと、『お客様』の頭を大きなナタで切断した。
ドンッとナタで首を切断する音が聞こえた瞬間、『お客様』の体からフワリと白いモヤが立ち上ったのが見えた。
「今のが魂だ」
大きな仕事を終えた河田さんはそう言い、肩で深呼吸をした。
「初めてみました」
「モコちゃんには刺激が強すぎるからね……。大丈夫か?」
「あたしは大丈夫です」
少しの吐き気は感じるけれど、留衣と夢羽の事を忘れるための刺激になった。
「河田さん」
「なんだ?」
「カバン。あたしのも作ってください」
あたしはそう言い、ニッコリと笑ったのだった。
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給料日
数週間後。
河田さんが作ってくれた鞄は薄ピンク色に染められて、とても可愛らしいバッグになっていた。
人の皮膚からこんな素敵なものが作れるなんて、きっと誰も想像していない事だろう。
この鞄を作るために女性用のファッション誌を購入し、どんなバッグが流行っているのか勉強したらしく、その姿を想像すると少しだけ笑えた。
ただ、人皮バッグに欠点があるとすれば少し重たいという点だった。
それは解体されて『お客様』の記憶が皮膚に宿っているからで、その記憶は徐々に薄れ、バッグ自体の重さもだんだん軽くなっていくと、河田さんは言っていた。
人間の体にその人の記憶が宿っている。
だからこそ、河田さんは解体いた『お客様』の体の一部を再利用して置いているのだと、納得のできた。
河田さんはきっと『お客様』たちを忘れたことは1度たりともないのだろう。
口には出さなくても、きっとそういう人だ。
あたしは河田さんの作ってくれたバッグに貴重品を入れて自転車をこいでいた。
今日は日曜日で学校は休み。
給料日なので『ロマン』まで取りに行くのだ。
振込みにしてくれれば楽なのだけれど、あたし1人のアルバイトの為にわざわざ街中の銀行まで行ってもらうのも申し訳なく、こうして自分から出向いているのだ。
日曜日の午後はとても天気が良く、あたしは深く帽子を被って自転車に乗っていた。
日焼け止めを塗っていないと真っ黒になってしまいそうだ。
少し汗ばみながら坂道を上り、『ロマン』が見える道路に差し掛かる。
給料日には河田さんは朝から解体部屋にいて、解体の仕事をしている。
その理由について聞くと
『月に一度くらい頑張って働かないとな』
と言っていたが、本当はあたしがいつ『ロマン』に顔を出してもいいように河田さんが先に来てくれているんじゃないか。
と、少しの期待を持っていたりもする。
しかし大抵河田さんは無心に仕事をしていて、あたしが給料を取りに行っても待たされるパターンだった。
「おはようございます」
そう声をかけながら解体部屋のドアを開ける。
すると案の定河田さんは『お客様』を解体している最中だった。
「あぁ、おはよう」
河田さんは振り返り、血の付いた顔で笑顔を浮かべた。
解体はすでにほぼ終わっているようで、『お客様』は虚ろな表情をしている。
「もう終わりだから、少し待ってて」
そう言われて、あたしはソファに腰を下ろした。
人の体毛で作られたソファだけれど、座ってみるとふわふわしていて心地いい。
座っているとだんだん暖かくなってくるし、寝るにはちょうどいい。
最も、河田さんのようにグーグー寝るなんてことあたしにはきっとできないけれど。
後ろから解体の様子を見ていると、河田さんがナタを振り上げて振り下ろした瞬間、ベッドから『お客様』の顔がゴトリと床へ落下した。
その顔はとても穏やかで、深い眠りについているように見える。
「おまたせ。今月分だよ」
河田さんはコーヒー豆のストック棚から茶封筒を取り出してあたしに手渡した。
血なまぐさい臭いが河田さんに染みついている。
「ありがとうございます」
あたしは両手で給料袋を受け取って軽く頭を下げた。
解体の後片付けなども手伝う時があるので、あたしの給料はひと月10万円を超える。
高校生にすれば相当な金額を稼いでいると思う。
「ちょっとシャワーしてくるから、その間だけ解体部屋を見ててくれないか」
「もちろんです。ゆっくり行ってきてください」
あたしはそう言い、河田さんを見送った。
外に『お客様』は待っていなかったけれど、河田さんがいない間に『お客様』が入ってくると対応ができず待たせることになるからだ。
あたしは封筒の中身を確認して、すぐバッグに封筒を閉まった。
大金を持っていると思うとどうしてもソワソワして落ち着かない。
給料をもらった後は家に帰るまでの間に銀行に入れておくことにしているが、それまでの道のりがまた不安だった。
でも、今日は違った。
この前瑠衣と夢羽が一緒にいるところを見てから、あたしは自分の服を買うと決めていたのだ。
瑠衣が夢羽の様な子が好きなら、夢羽を連想させるような柔らかな服を買おう。
そうすれば、瑠衣は少しでもあたしの方を見てくれるかもしれないから。
勝てるわけがないと思いながらも、何も努力せずに終わるのは嫌だった。
負けるなら、やるだけやって負けよう。
そうすれば潔く諦める事もできそうだった。
そう思ったとき、外で物音が聞こえて来た。
『お客様』が来たのかもしれない。
あたしは立ちあがり、前の『お客様』の片づけを始めた。
ザッとても綺麗にしておけば、次の『お客様』を待たせる時間が短縮される。
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