第5話
夜8時。
この時間になるとゾンビの『お客様』の方が増えて来る。
自分の腐敗していく姿を気にしているのか、明るい時間にはあまり出歩いていないようだ。
幽霊は夜が好きだと言うが、それは自分の容姿がコンプレックスだからじゃないのかと、時々感じる。
人間とは違うものになってしまった。
それを理解しているから、人と同じ時間に活動できない。
そう考えてみると、ゾンビも幽霊も、なんだか少しかわいそうな切ない気持ちになる。
河田さんが再び解体部屋へ引っ込んだとき、『ロマン』に2人の来客があった。
「やっほー、モコ!」
入ってきた2人にあたしは思わず笑顔になる。
瑠衣と夢羽だ。
「2人とも、どうしたの!?」
「えへへ。たまにはモコのバイトの冷やかしでもしようと思って」
夢羽がそう言いながらカウンター席に座る。
瑠衣が夢羽の隣に座った。
その距離感に、あたしは一瞬目を細めた。
この2人、いつからこんなに仲良くなったんだろう?
ほとんど毎日学校で会っているのに、気が付かなかった。
瑠衣は女子生徒たちから人気あり、何度か告白される場面を見たこともあった。
そしてその気持ちはあたしも例外ではなく、どうすれば友達の枠から一歩前へ進めるのだろうかと考える事もあった。
しかし実際には友達同士のグループ交際ばかりで、2人で出かけたことなんて1度もなかった。
「モコちゃん、どうしたの?」
夢羽が小首を傾げてあたしを見る。
その声に我に返ったあたしは笑顔を作った。
友達だけど、お客さんはお客さんだ。
ここで不機嫌な顔をするわけにはいかない。
「ううん。2人が来るなんて珍しいなって思ってびっくりしてただけ」
「そうなんだ。今日は偶然街で留衣君を見かけて、それから一緒に遊んでたの」
「へぇ。そうなんだ」
狭い島だ。
同級生と偶然どこかで会う事はしょっちゅうある。
でも、問題はそこじゃなかった。
2人は偶然街で会ってから暗くなるこの時間まで一緒にいた。
そっちの方があたしにとっては重要だった。
一体どこで何をしていたのか。
そんな質問が喉まででかかって、あたしはグッと言葉を飲みこんだ。
今は客と店員という立場にある。
余計な事は聞かない方がいいかもしれない。
「ここのコーヒーはいつもうまいな」
留衣があたしの作ったコーヒーで表情を和らげる。
それはとても嬉しい事だったけれど、今のあたしは素直に喜ぶ事もできずに複雑な心境だった。
「本当。とってもおいしい」
夢羽も同じように表情を和らげる。
夢羽は島の中でも少しいい所のお嬢さんで、相当可愛がられて育てられているようだった。
全体的にフワリとした女の子らしい雰囲気をまとい、決して焦ったりしない性格をしている。
それは苦労知らずだからというわけではなく、幼いころからそうなるように育てられてきたからだと、誰もが知っていた。
佐古家に生まれたものは将来大きな財産を継ぐ事になる。
そのための教えや苦労はずっとしてきているのだ。
それらの試練を乗り越えた夢羽の微笑みと穏やかな性格は、誰もをホッとさせる力があった。
留衣も、それに魅せられた1人なのかもしれなかった。
そう思うと、あたしは自分の胸はハチに刺されたようにチクリと痛むのを感じた。
あたしの家はごく平凡な家庭で、良くも悪くもない。
その中で特別不便さを感じる事もなく育ってきたあたしは、きっと夢羽よりも子供っぽい性格をしているだろう。
自分でそれがわかっているからこそ、夢羽には勝てないという自覚もあった。
裏でゾンビを解体しているような喫茶店でバイトをしているあたしを、留衣が見てくれるわけがないと。
「ごちそうさま、おいしかったよ」
留衣が立ちあがり、財布を取り出す。
「ここはあたしが払うから」
夢羽がそう言って、留衣より先にお金をカウンターへ置いた。
留衣は複雑そうな表情をしていたが、あたしはそれを見て見ぬふりをしてお金を受け取り、お釣りを渡した。
「また来てね」
最後に笑顔になり、2人に手を振る。
2人はこれからどこへ行くのだろう?
外はもう真っ暗だ。
島のお店はほとんど閉店時間だし、きっともう帰るんだろう。
あたしは外へ出て2人の姿を見送ってから、そっと溜息を吐きだしたのだった。
留衣と夢羽が店を出た後、あたしはすぐに閉店の看板を表に出した。
時刻は9時前で、本当の閉店までにはまだ1時間以上ある。
あたしはそのままエプロンをカウンターへ投げると、隠し扉から解体部屋へと移動した。
解体部屋では河田さんが丁度『お客様』を解体している最中で、あたしはそっとベッドに近づいた。
随分腐敗が進んでいる『お客様』なのか、ひどい悪臭がしている。
「おや、可愛いお嬢さんだね」
ベッドに寝転がっている『お客様』と目が合い、あたしはニコッと微笑んだ。
魂が完全に抜けてしまうまでは『お客様』は『お客様』として接しなければいけない。
「モコちゃんか。コーヒー豆のストックを取りに来たのか?」
『お客様』の右足をノコギリで切断していた河田さんが顔を上げ、そう聞いて来た。
あたしは左右に首をふる。
勝手に閉店させて来たなんてバレたら、いくら河田さんでも怒るだろう。
「さっきのお客さん、友達だったんだろ?」
無言のままで立っているあたしへ向けて、河田さんはそう言った。
ハッとして顔を上げると、河田さんの視線の先には小さなモニターがついていた。
その画面には『ロマン』の様子が映し出されている。
「いつの間にこんなものが……?」
「数週間前、俺が解体の仕事中に酔っ払い客が来て困ってただろ? あれから監視カメラで店内を確認できるようにしたんだ」
そう言われ、あたしはフッと肩の力を抜いた。
河田さんはすべて見ていたのか。
「ごめんなさい。すぐに開店してきます」
「いや、今日はもういい。解体作業もこの『お客様』で最後だ。少し早めに終わればいいよ」
河田さんはそう言い、微笑んだ。
あたしに気を使ってそう言ってくれているのがわかり、あたしは申し訳ない気分になった。
「それなら、片づけの手伝いをします」
あたしはそう言い、派手なカッパを着て切断された『お客様』の肉片をホウキで拾い集め始めたのだった。
☆☆☆
1人の『お客様』を解体するのにかかる時間は10分から20分程度。
今日は時間があるからのこぎりを使っているけれど、昨日は『お客様』が多かったため電気のこぎりを使っていたそうだ。
両手足を切断されたさっきの『お客様』はとても眠そうな顔をしている。
体がバラバラになることで、徐々に魂が体から抜けていっている状態だ。
「もうすぐで終わりますからね」
河田さんの声にも軽く頷くだけで、すでに声は出ない様子だ。
河田さんは『お客様』の腹部に鋭利な刃物を突き立て、それで一気に皮膚を引き裂いた。
腹部からはドロッとした紫色の血液が流れ出し、吐き気を感じさせる匂いが充満する。
「モコちゃん。気分が悪くなるからここにいない方がいい」
「……わかってます」
あたしはそう返事をするだけで、その場から動かずにいた。
人の体から魂が抜ける瞬間を見てみたいと思った。
河田さんはチラリとあたしを見て、すぐに作業を再開させた。
腹部に手を突っ込み、中の臓器をかきだす。
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