第4話
バイトの翌日も学校は休みだった。
本当なら何の予定もなく、1日ゴロゴロして過ごす休日だったのだけれど、昨日の河田さんを思い出すと自然とバイトへ行く準備をしていた。
10人の解体をして休憩をしていた河田さんだけれど、その後20人ものゾンビが店の前で解体を待っていたのだ。
そのため、喫茶店『ロマン』が閉店時間になっても解体の仕事は終わらず、河田さんは1人黙々と仕事を続けていた。
あたしは解体の仕事を手伝うことができないから、『ロマン』と閉店させるとそのまま家に帰ってきたのだ。
今日の河田さんは疲れ切って仕事にならないんじゃないだろうか。
そう思うと気になって、いつもバイトに出る時間には家を出ていた。
自転車をこいで街のはずれへとこいでいく。
今日は1日天気がよくて、日中はなんどもウトウトしてしまった。
そのせいか今も欠伸が止まらない。
西日を浴びながらあたしは『ロマン』に到着した。
開店15分前だけれど中に人の気配はなく、河田さんが来ているのかどうかわからない。
自動車などで通勤してくれていれば外からでも河田さんがいるかどうかわかるのだけれど、河田さんは家が近いため徒歩でここまで来ていた。
「河田さん、いますか?」
一応外から声をかけてみる。
もしかして、今日はお休みするつもりだろうか?
昨日30人も解体したのなら後片付けも時間がかかっただろうし、体力を消耗してまだ寝ているのかもしれない。
そう思いながらあたしは『ロマン』の裏へとまわった。
ゾンビの『お客様』が入る小さな入口がそこにはある。
今日はまだ誰も並んでいなくて、あたしは少し身を屈めるようにして解体部屋へと入って行った。
『ロマン』の何倍もの大きさのある部屋にはコーヒーのストック棚の他に、大きな洗面所が付いている。
ゾンビを切り刻んで血まみれになった体を洗う浴槽も、生ごみを再利用する大きなゴミ箱も設置されている。
その部屋の隅に置かれているソファの上で、河田さんが寝息を立てているのが目に入った。
まるで子供のような寝顔に思わず微笑んでしまう。
疲れ切った河田さんは家に帰らずにここで眠ってしまったのだろう。
お店の方には簡単は食事もあるし、数日泊まるくらいなら問題ない環境だ。
でも……。
あたしは河田さんが横になっているソファを見た。
黒いフカフカのソファ。
しかしこの毛は人間の毛を再利用して作ったものなのだ。
ゾンビになった人間を忘れないための品の1つ。
この部屋の床に引かれているマットも、人間の皮をはいで乾燥させ、それを何枚にも縫い合わせた物だ。
壁掛け時計の長針と短針はどちらも人間の足の骨を使っているし、シャンデリアとしてぶら下がっているのは綺麗に磨いた指の骨と、腐敗を防ぐ薬品を使った小腸だ。
『ロマン』で使う消耗品が置かれている棚の中にも、沢山の人間の部位が並べられている。
普通なら見ているだけでも気持ちが悪くなるような部屋だ。
あたしはグルリと室内を見回し、そして河田さんへ視線を戻した。
店長はこうして眠っているし、無理に起こすのもなんだかかわいそうだ。
今日『ロマン』は休業と言う事でいいんだろうか?
『ロマン』は一応年中無休という形で営業をしているのだけれど、あたし1人で勝手に開けるわけにもいかない。
たまには夜ものんびりすればいいかもしれない。
そう思い、あたしはそっとドアに手を伸ばした。
その時だった。
「やぁ、来てたのか」
寝起きのような声が聞こえてきて、あたしはドアから手を離した。
河田さんが寝癖のついた髪をクシャクシャとかきまわし、大あくびをしている。
「昨日大変そうだったので、気になって様子を見に来ました」
「そうか……ありがとう」
寝ぼけ眼でほほ笑む河田さんに、ドキッとする。
解体なんて妙な仕事をしていなければ、あたしはきっと河田さんに恋をしていただろう。
「今日、お店どうしますか? 開けるならあたしバイトに入りますけど」
「あぁ……そうか。もうそんな時間か」
河田さんは人骨の時計を見て目を丸くした。
今日は1度もここから起き上がっていないのかもしれない。
よく見ると髭が伸びてきて青くなっているし、とても『ロマン』でコーヒーを作れる状態ではないだろう。
あたしはクスッと笑って「バイト入りますね?」と、聞いた。
「うん。ありがとう」
河田さんは少し恥ずかしそうにそう言ったのだった。
☆☆☆
『ロマン』のお客さんは昨日よりも少し多かった。
昨日は開店から閉店までに3人だったけれど、今日は開店1時間で4人のお客さんがあった。
「このお店もたまには繁盛するんだね」
常連客の70代の男性にそう言われ、あたしは小さく笑った。
「本当に、たまにですけどね」
お客さんはコーヒーだけ飲んで帰る人がほとんどだけれど、常連客の人になると少し高価な軽食を注文してくれたりもする。
『ロマン』の経営を心配してくれているのだろうかと、時々思ってしまう。
「ここのコーヒーはやみつきになるから、常連客が増えてしまって、僕の居場所がなくなってしまうね」
男性の言葉にあたしは頷いた。
実際に、あたしもここのコーヒーの味に惚れ込んでバイトを始めたのだ。
河田さんに何度も豆をどこから買っているのかと聞いた事があるけれど、河田さんは決して教えてくれなかった。
企業秘密なのだそうだ。
常連客さんとの会話を楽しみながらバイトをしていると、あっという間に時間は過ぎていく。
気が付けば夜の7時になっていて、外はもう暗くなり始めている。
夜遅くなるとだんだん客数は減って行く。
あたしは誰もいなくなった店内で、コーヒーを作ってホッと一息ついていた。
『ロマン』では従業員はコーヒー飲み放題なのだ。
自分の惚れ込んだ味を無料で飲める事はあたしにとって大きな特権だった。
「お客さん、減ったねぇ」
そう言いながら河田さんが隠し扉から出て来た。
今日も数人の『お客様』がきていたのか、疲労の色が濃くなっている。
「今日はもう5人もお客さんが来たんですよ」
「へぇ。そりゃ上出来だ」
河田さんはそう言って笑った。
『ロマン』の売り上げにはこだわらない。
それは、解体の仕事で多額の給与が島から支払われているからだった。
この島には大量のゾンビがいる。
そのことを知っていても島が混乱に陥るため公にはできず、ゾンビ対峙のための手段も見つけられないままだったため、この『ロマン』ができた時は密かに感謝状まで贈られていたそうだ。
島にとってこの『ロマン』は絶対になくてはならない店。
一部の人間だけが、それを知っているのだった。
それゆえ、河田さんも簡単に『ロマン』の定休日を作れずにいるのだ。
「河田さんも少し休んでください。コーヒーアイスでいいですか?」
「あぁ。ありがとうモコちゃん」
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