第2話
結局、ゾンビ映画を最後まで見ることなくあたしたちはそれぞれの家に帰ることになってしまった。
楓は映画を止めた後でも震えが止まらず、舞美に家まで送ってもらうようだった。
最後まで見たかったなぁ。
そんな残念な気持ちになっているのはあたし1人のようで、他の5人の顔色は悪いままだった。
映画を観るために集まった冬の家から出て、あたしは自分の自転車にまたがった。
予想外に早く映画を終えてしまって少し早い時間だけれど、今日はアルバイトのある日だ。
このまままっすぐバイト先に行く事にしよう。
そう思い、あたしは少し夕暮れの近づいて来た街の中自転車をこいで郊外へと向かったのだった。
☆☆☆
あたしのバイト先。
それは『ロマン』という名前の小さな喫茶店だった。
6畳ほどのスペースに軽食を調理するスペースと、カウンター席が3つほどあるだけのレトロな喫茶店。
街中にはファミレスなどができて喫茶店の居場所はなくなってきたけれど、街はずれにある『ロマン』は今年で50周年になる。
今の店長の親の時代から経営しているらしく、何人か固定客もいる。
『ロマン』はそんな人たちに支えられているようなものだった。
自転車をこいで20分ほど経過した時、『ロマン』は見えて来た。
あまり人通りの多くない、狭い路地の片隅にひっそりと建っている、こげ茶色の建物がそうだ。
建物の横には気持ち程度の駐車場が設けられていて、あたしはその隅っこに自転車を停車させた。
それと同時に店の明かりがパッとつく。
スマホで時間を確認すると16時半だった。
『ロマン』が開店するまであと30分ほどだ。
あたしは建物の裏手に回り、従業員出入り口のドアを開けた。
錆びれたドアはギィィと耳障りな音を立てているけれど、それももうずいぶんと馴れて来た。
中へ入るとコーヒーの匂いが鼻を刺激する。
狭い厨房の中に店長である河田一二夫(ワカタ ヒフオ)の顔を見つけて、あたしは「おはようございます」と会釈した。
「おはよう。今日は少し早いね」
厨房内の壁掛け時計を見て河田さんはそう言った。
「ちょっと予定が狂ったんです」
あたしはそう言い、厨房の中へと足を踏み入れた。
河田さんは25歳になる若い店長なのだが、その見た目は更に若く、高校生を間違われる事もあるそうだ。
「開店準備しますね」
「あぁ。たのむよ」
荷物を厨房の邪魔にならない場所に置き、白いエプロンだけつけてあたしはカウンター席へと回った。
カウンターテーブルの横にある小さなドアを開けてるとそこには掃除道具一式が押し込められている。
大きなほうきは立てて置くことができないので、通常の半分ほそのサイズのほうきしか用意されていない。
あたしはそのほうきと塵取りを手に持ち、店内の掃き掃除を始めた。
掃き掃除と言ってもほんの数分で終わってしまう程度の広さだ。
床のモップ掛けも手早く終えて、カウンターに上げられている椅子を下ろしていく。
今日はどのくらいのお客さんが来るだろうか。
日曜日で明日は出勤の人が多いだろうし、この時間から喫茶店が繁盛することはないだろう。
夕方5時から10時までという営業時間では、どれほどの客も見込めない。
それでも河田さんはこの営業時間を変更するつもりはないらしかった。
あたし自身も、5時間勤務で1時間休憩がとれるのでそれについて文句を言ったことはなかった。
週に数回、たった4時間だけ働いても大したお小遣いにはならないだろうと思われるのだけれど、『ロマン』の時給は1日5千円と、学生にとってはかなりの高収入なのだ。
数か月前、偶然両親とこの道を通り『ロマン』で休憩をしたりしなければ、こんないいバイト探す事はできなかっただろう。
あたしは一通りの掃除を終えてカウンター内へと戻った。
「掃除、終わりました」
「助かるよ。俺はこれから1つ仕事が入ってるんだ」
「今日のお客さんは早いですね」
「あぁ。開店前から店の前で待ってたから、先に店内に入れたんだ」
そう言い、河田さんは透明のビニールカッパを身に付けた。
もちろん、『ロマン』の店内にはまだお客さんは1人もいない。
それに、今日は雨はふっていないので外へ出るにしてもカッパは不必要だ。
ここでバイトを始めた時は河田さんの言動が理解できなくて首を傾げていたけれど、最近ではそれも慣れっこだった。
それに、お客さんがすでに『店内にいる』のなら急がないといけない。
「じゃ、お店の方は頼むよ」
「はい」
河田さんはあたしの返事を聞くより先にカウンター後方にある食器棚を手のひらで押した。
するとその棚は低い音を立てながら回転し、河田さんは向こう側へと続く部屋に消えて行ったのだった。
まるでからくり屋敷のようなお店に最初は驚いていたっけ。
あたしはコーヒー豆の準備をしながら思い出していた。
ただの小さな喫茶店だと思っていたのに、奥ではあんな事が行われているなんて……。
「あ、ホット用の豆がないじゃん」
カウンターの下の棚を開けてみるが、いつもの定位置に豆の袋がない。
在庫は今河田さんが消えて行った向こうの部屋にある。
「あ~あ、めんどくさいなぁ」
あたしは文句を言いつつ、もう一つ用意されているビニールカッパを身に付けた。
ここから奥の部屋へ入るには、外の天気関係なくこのカッパを身に付けないといけないのだ。
しかも!
河田さんが用意してくれたあたしのカッパは派手なピンク色で、着るだけでも恥ずかしい。
目がチカチカするような蛍光ピンクのカッパは未だに慣れなくて、袖を通すと同時にあたしは隠し扉を開いた。
瞬間、奥の部屋のどくとくの生臭い臭いが鼻を刺激した。
さっきまでのコーヒーのいい香りとは違い、血の匂いが充満している。
その急激な変化に一瞬胃が悲鳴を上げるが、それをどうにか我慢した。
最初の時は我慢もできず、気分が悪くなって早退していたけれど最近ではそれもなくなってきた。
「ホットコーヒーの豆をもらっていきますね」
あたしは広い部屋の中央に立っている河田さんへ向けてそう言った。
河田さんの着ているカッパはすでに真っ赤な血に染まっている。
「ん。あぁ」
河田さんは目の前のベッドで横になっている『お客さん』から視線を外さずにそう言った。
そして、その『お客さん』の腹部から小腸をずるずると引きずり出すと、自分の首にひっかけて「これ、ネックレスになりますね」
と、ほほ笑んだのだ。
腹に穴を開けられて小腸を引きずり出された『お客さん』は楽しそうに笑い声を上げる。
本当にあんなのでいいのかなぁ。
あたしは呆れながらも、壁際に置かれている棚の一番下からコーヒー豆のストックを取り出した。
あ、こっちのストックも切れそう。
発注してもらわないと。
そう思って振り返ると、今度は『お客さん』の眼球をスプーンでえぐり、それにストラップをつけて遊んでいる河田さんが目に入った。
「いいねいいね、それ、あたしもほしいな!」
『お客さん』がもう片方の目でそのストラップを見てキャッキャとはしゃいでいる。
その体はすでに腐敗しているため性別がわからなかったが、どうやら女性であると言う事がわかった。
「でしょ。眼球ストラップって結構可愛いんですよね!!」
河田さんもノリノリだ。
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