追求

「まず、このトリックに必要不可欠なもの……。

 それは、前準備です。

 この四階フロアを利用するのが、自分と被害者のみ……。

 その状況が、どうしても欲しかった。

 別段、被害者が別の階に泊まっていても……。

 あるいは、自分が別の階に泊まっていたとしても……。

 犯行そのものは、可能でしょう。

 しかしながら、犯行現場への出入りを誰かに見られる可能性が非常に高い。

 そのリスクを極限まで減らせるこの状況が、あなたには必要だった」


「確かに、わたしが中村さんを殺したのだとすれば、そうでしょうね」


 田中の言葉へ、素直に頷く。

 実際、この推理は正鵠を射ていた。


「そのためにあなたが利用したのが、椎名リゾートグループ社長令嬢という立場であり、ひいては、この六葉館です。

 察するに、ここのモニターとして劇団シープをお父上に推したのは、あなただったのでは?」


「どうでしょうか……?

 ワンマン気質な父が、娘とはいえ、他人の意見に耳を傾けるとは思えませんけど」


 田中の指摘は、真実であったが……。

 それを認めることはせず、とぼける。


「では、ひとまずそのように決めつけるとします。

 他へのアピールもあるのでしょう。

 あなたのお父上は、氷室さんに冷たい対応をした一方、正統な娘であるあなたには甘い。

 このような前提で、話をします」


 決めつける、とは言いながら、まるで真の家庭環境を覗き込んだかのような言葉だ。


「あなたは、そうですね……。

 劇団シープのファンだからとか言って、六葉館のモニターに同劇団を推薦した。

 何しろ、十代を中心に人気がある劇団ですから。

 そのようなことを言ったところで、不自然とは思われなかったでしょう。

 お父上は、氷室さんと中村さんとの関係について、何も知らないようですし」


 そこまで語った田中が、ピンと人差し指を立てた。


「その際、あなたは中村さんと自分の客室だけが、ここ四階となるようにおねだりもした。

 これも、不自然ではないでしょう。

 父の名代としてモニターを務める傍ら、隙があればファンとして中村氏にサインの一つもねだりたい……。

 そう言えば、オーナーであるお父上は喜んで願いを叶えたんではないでしょうか。

 まあ、実際はファンではなく仇であり、求めたのもサインではなく命ですが」


 田中の言葉を受けて、思い出すのはあの時の父だ。


 ――お前が、こういうおねだりをするのは珍しいな。


 ――おれには、この劇団も中村という役者も、何がいいのかよく分からないが……。


 ――そういうことなら、その通りに取り計ろう。


 娘からの珍しいおねだりを受けて、父親冥利といったところだったのだろう。

 父は、上機嫌で諸々の手配をしてくれたのである。

 つまるところ、勇者探偵とやらの推理は、全て当たっているのであった。


「劇団シープの人数が、二十一人。

 それに対し、ここの客室フロアが一階層につき十……。

 あなたにとっては、実に都合が良い数字の符合だった。

 こうして、あなたは先に述べた殺人の前提条件……。

 自分と被害者以外に、利用者のいない客室フロアを手に入れたのです。

 ここまで、何か違っているところは?」


「別に……。

 違うと言っても、あなたは構わず続けるんでしょう?

 勝手に決めつけて」


 急に振られた質問へは答えず、皮肉交じりに返す。


「まあ、推理というのは、往々にして決めつけと化すものです。

 それでは、その決めつけを続けますが……。

 あなたは、今日この日、中村氏へと接近を試みた。

 これも、ファンだから是非話をきいてみたいとか、ミーハーなことを言ったのでしょう。

 中村氏としては、招いてくれたホテルを経営する人物の娘……。

 邪険な扱いはしなかったのだと思います。

 あるいは、何か下心もあったかもしれませんが、そこはどうでもよろしい」


 虚空に向けて教鞭を振るうようにしていた田中が、ぴたりとその動きを止める。


「その後は、語るまでもないでしょう。

 あなたは、隠し持っていた凶器で彼を絞殺し、その後、何食わぬ顔でエンランスへと降りた。

 そして、コーヒー片手に読書を楽しんだというわけです。

 いやはや、なかなかの豪胆さだ」


「素晴らしい推理だと思います」


 ぱち、ぱち、と……。

 気持ちの込もっていない拍手をしながら、称えた。


「ただ、残念ながら、あなたの推理には穴があります」


「どのような?」


「わたしが、どうやって密室を脱出したか……。

 その推理と立証が抜け落ちている。

 それでは、人のことを犯人呼ばわりできませんね」


 胸を張りながら答える。

 そう……肝はここだ。

 密室トリックを暴かない限り……。

 そして、それを真が実行したと立証しない限り……。

 自分を捕まえることは、できないのであった。


「そこのところは、実はもう済ませてあります」


 しかし、勇者探偵を名乗る男の返事は、実に軽いものだったのである。


「どういうことです?」


 続く田中の言葉は、質問への回答ではなかった。


「お嬢様……。

 ここまで、長々と立ち話に付き合って頂き、ありがとうございました。

 さ、どうぞお部屋にお戻り下さい」


「……はあ?」


 田中はそう言うと、真が利用する客室までの道を開けたのである。


「一体、どういう……?」


「まあ、お戻りになれば分かります」


 自分の推理に穴があると、理解したのか……。

 微笑と共に告げる田中へ、訝しげな視線を向けた。

 しかし、そういうことなら、もう戻らせてもらおう。

 このような茶番へ付き合い続ける義理など、自分にはないのだ。


 田中に見守られながら、カードキーを取り出す。

 そして、それを客室のリーダー端末へかざしたが……。


 ――ブー!


 鳴ったのは、チープな電子音。

 その、意味するところは……。


「開かない……?」


 そのことに気づき、慌ててカードキーを確かめる。

 表側に刻まれている部屋番号は……。


「わたしのカードキーじゃ、ない……。

 これは……」


 カードキーの文字が示しているのは、中村が使っている客室……。

 今は、死体となったあの男が転がっている客室であった。

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