対決

「どうやら、お姉さんはあなたのお父上とも、自身の母親とも、あまり折り合いがよくなかったようですね。

 中村氏のスマートフォンに残されていた情報を基に、彼女のお母様も探し出して話してきましたが、けんもほろろという有り様でしたよ」


 一体、いつ、そんな機会があったというのか……。

 疑念の視線を向ける真に構わず、田中が語り続ける。


「ですから、推測でしかありませんが……。

 お姉さんは親族の中で唯一、あなたとだけは親しくしていたのではないでしょうか?」


 ――当たっている。


 そう思いながらも、口をついて出たのは別の言葉であった。


「確かに、氷室明美は腹違いの姉で、私とは親しくしていました。

 こうなっては隠しても仕方ないですが、亡くなられた中村さんと姉が付き合っていたのも事実です。

 でも、その前に疑問へ答えてくれませんか?

 一体、いつの間にこんな……。

 姉の個人情報について、調べたんです?」


「中村様が亡くなられて、あなたがエントランスでコーヒーを飲んでいた……その間にです」


 その言葉も、意味不明なものである。


「中村さんが殺されて、わたしがエントランスにいた間……?

 あの、遺体が発見されたのは、さっきのことですよね?

 座長さんと、支配人とあなたと、そしてわたしで……」


「それは、私が遺体を発見した時間ではありません。

 ですので、遺体の第一発見者はこの私ということになります」


「――はあ?」


 一体、さっきから何を言っているのだ。

 眉をひそめる真に、田中が大仰な身振りで語り続ける。


「私、人の生き死にには敏感な方でして。

 中村氏が亡くなられた時、その気配を察知しました。

 ですので、あなたにコーヒーをお出しした後、こっそりマスターキーを拝借し、一足先に犯行現場を確認したのです」


「じゃあ、何ですか?

 あなたは、皆に嘘をついていたってことですか?」


「嘘など言っていません」


 田中が、いかにも心外だという風にしてみせた。


「単に、全てを語らなかっただけです。

 あの場で、実は私が先に発見したなどと言っても、余分な混乱を招いただけでしょう」


「はあ、そうですか……」


 もはや、何も言えない。


(先に発見していたなんて、当然嘘。

 何でまた、そんな嘘をつくんだか……)


 想像しようとして、止める。

 電車の中などで、たまに見かけるアレな人と同じだ。

 世の中には、共感も理解も及ばない人間がいるのであった。


「というわけで、遺体を発見した私は、すぐさま調査に乗り出しました。

 方法は――」


「――勇者の力、ですか?」


 真の言葉に、にこりと笑って田中がうなずく。

 何が何でも、その設定で押し通したいようだ。

 まあ、それはこの際、構わないとしよう。

 今、重要なのは、この男が真の動機……。

 姉と中村との関係性について、辿り着いているという事実なのである。


「……もう、この際、あなたが異世界に召喚されて好き放題してきた勇者ってことでいいです」


「これは心外ですね。

 私、勇者の称号にふさわしくあるべく、己を律してきたつもりですから」


「じゃあ、心正しい勇者様ということで。

 それで、先程も言いましたが、確かに、姉から中村翔陽と付き合っていたと聞いています。

 だから、どうしたというんですか?」


「――だから、お姉さんの敵を討つと決めた。

 これも、すぐに調べられましたが……。

 お姉さん、自殺されてますね。

 それも、中村氏に妊娠を打ち明け、別れ話を切り出された直後に」


 こちらをじっと見つめる心正しき勇者とやらに、溜め息でもって応じた。


「……その通りです。

 だから、あなたはこう仰りたいんですか?

 『お前が中村翔陽を殺した』『動機は姉の復讐だ』って……」


「その通りです」


 いけしゃあしゃあと、田中が答える。

 実際、真としては図星を突かれた形……。

 だが、このような事態は想定してあった。

 今回のように、死体の所持していたスマートフォンなどから、姉と中村が恋人であったと知られるのは、予想の範囲内なのだ。

 もっとも、真が想定していたのは、警察がそれを暴き出すという事態であったが……。


「確かに、わたしは中村翔陽のことを恨んでいます。

 あなたが言ったように、姉を自殺に追い込んだのは、間違いなくあの男だと思っていますから」


「この件について、お父上はご存知で?」


「父は知りません。

 姉さんのことなんて、何も……」


 右腕をぎゅっと抱き寄せるようにして、答える。

 椎名リゾートグループ代表取締役社長である父……。

 普段は、一代で会社を急成長させた男として、いかにもやり手の経営者として振る舞う人物……。

 中村程ではないが、真にとっては嫌いな人間であった。


 普段は、良き娘を演じ、接している。

 しかし、その実、心中では嫌悪していた。

 女癖の悪さに気づかないほど、愚かな娘だと思っているのだろうか?

 推理小説家だった祖父の描いた主人公よろしく……。

 真は、父の浮気調査を行い、結果、腹違いの姉――氷室明美と出会ったのである。


「かろうじて、認知だけはしたし、養育費も払い続けていたようです。

 ですけど、本当にそれだけ。

 姉さんは、父のことを父親だなんて思っていなかったことでしょう」


「そして、中村氏と出会い、交際の末に身籠った。

 今の身の上話を聞くと、別れ話を切り出されたお姉さんの絶望は想像もつきません。

 お腹の中にいる子が、自分と同じような……。

 いや、それより酷い境遇に陥ったのですから」


 笑みを消した田中が、心から悲しそうな顔をしてみせた。

 不思議なもので……。

 妙な名刺を差し出してきてから、ずっとうさん臭さの消えないこの男が、今、この瞬間だけは真摯に見えたのである。


「そんなお姉さんの無念を晴らしたいというあなたの気持ち……。

 私、少しは分かるつもりです」


「勝手に分かられても困ります。

 わたし、人殺しなんてしていませんから」


 初めて、姉の死について悲しみを分かち合えて、少しだけ嬉しい気持ちはあった。

 だが、だからといって、自分が殺したと認めるわけにはいかない。

 この復讐は、自分が罪を逃れることにより、真の意味で完遂されるのだから……。

 中村のごときクズを殺したことで罪に問われるなど、理不尽でしかないのである。


「あくまで、犯行を否定なさる。

 当然でしょうね。

 そのために、あなたは面倒な密室トリックを考案し、実行したのですから。

 ですが、残念ながら……。

 そのトリックは、すでに暴いています」


 勇者にして探偵を名乗る男が、こちらを見据えた。


「そうですか。

 それは是非、推理をお聞かせ願いたいですね」


 一方、真も退くことはしない。

 すでに、密室トリックは完璧に仕上げられている。

 犯行の立証など、不可能なのだ。

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