第39話 反省 ~エリリカアタック・お父さん決戦仕様~

 原初の教えにはこう記されている。


 怒られる時は正座しなさい。


 セーイザッとは、ニポーンにおける反省を示す一般的なスタイル。

 ドゥゲャザーという派生形の謝罪スタイルも存在するが、使いどころが難しいのでまずセーイザッで畏まってからお𠮟りを受け、機を見てドゥゲャザーを繰り出すのが良いとされる。


「もぉ! あたし怒ってるからね!! お母さん!!」

「あ。はい。すみませんでした。お母さん、ちょっと勢い余ってしまいました」


 腰に手を当てて立派な胸を張ってぷんすかお説教中のエリリカ。

 膝に手を置いて大変立派な胸を張っていないのに主張させて、胸以外は平身低頭なタオヤメ。


「あたし嬉しかったんだからね!! お母さんと会えたの!! 本当はあたしが会いに行って、成長したところを見せようと思ってたけど! 考えてたよりずっと早く会えて!!」

「え゛。あの。エリリカさん? 剣の切っ先こっちに向けるのヤメませんか? 私に会いに来てまず何をするつもりだったんですか?」



「ん? 勇者配信!!」

「殺すつもりだったんですね?」


 エリリカちゃんに魔族は死んでも生き返ると教えてあげたガイコツが悪い。



 まだまだお説教は続く。


「お母さんが毎日頑張って働いてる事は分かってるよ。さっきも言ったけど、あたしもちょっぴりだけ魔王させてもらって大変さを学べたもん」

「エリリカさん! そうなんです!! ちょっとその! 疲れが! あと仕事のストレスも!!」


 叱られる淫乱宰相の様子は当然のように配信中。

 最終決戦フォームに再度変身したロリリン撮影スタッフが微動だにしない胸部カメラを向けている。


「なんなんすかね。その性犯罪者の供述の常套句。サキュバスって別に性犯罪する必要性に追われたり迫られてる訳じゃねーっすよね」

「出ました!! 本能ですね!! なんだかわたくし、とてもよく、すごく分かります!!」


「そーいや、あんたも大概には乳振り乱してたっすね。まー。恥じらいがあるだけまだマシっすよ。その恥じらいだけは大事にして欲しいっすわ」

「出ました? マロリさん? さてはわたくしの事を本当に大好きになってますね?」


「はぁぁぁ!? なんすけど!? あんたなんて金持ちじやなかったらただの親友でしかねーんすから!! なにが大好きっすか! バカっすか! ただの好きっすよ! 今は! 調子乗んなっすわ! この駄乳!!」


 コメント欄に「てぇてぇ……」とだけ、クソブタというアカウントが野郎どもを代表するかのように呟いた。

 マロリとセフィリアがじゃれている間に、タオヤメが娘から受けていたお説教も終わろうとしている。


「いーい? お母さんはあたしと暮らすから!! ちょっと見てらんないもん!! お父さんと仲良くしたいって気持ちも分かるからさ。まずは家族で仲良くなってから、その、そーゆことしなよ!!」

「エリリカさん……!! 私を母親として認めてくれるんですか!? 私、毎晩マスラオ様と身体を重ねようとして、乳飲み子のあなたのお世話は大半をホゲーさんに任せていたのに!!」


「あ。それは聞きたくなかったかも。……だって。捨てられてたあたしを拾ってくれた時にはお母さんもいたんでしょ? じゃあさ……。やっぱりお母さんだよ」

「エリリカさぁん!! なんでしょう、この気持ち!! ああ!! 母性! 母性です!! エリリカさん! 今なら私、母乳が出ます!! 飲みますか!?」


 エリリカが笑顔で答えた。


「んーん! いらない!!」


 これにて一件落着。

 とはならない。


 まだ裁かれていない男がいる。



「エリリカちゃん!! タオヤメは他人だよ!!」

「……お父さん? それ言ったら、お父さんにもあたしの実の父親じゃない癖に!! って言わなきゃいけなくなるんだけど? それ言わせるの? あたしに」



 マスラオが静かに息を引き取ったが、裁かれるのはこれからである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 エリリカによる「お父さんもなんでお母さんを避けてばっかりなの!? ねぇ! お父さんの周りにいる女の人ってお母さんだけじゃん!! 益荒男だかなんだか知らないけど、こんなに好きって言ってくれる人に冷たいお父さんなんて嫌い!!」がさく裂。

 エリリカアタックが最も効果を発揮するのは対象がお父さんの時。


「はい!! わたくしもマスラオ様をお慕いしてます!!」

「今それ言う必要ねぇっすよね。セフィリアはちょっと待ってりゃいいんすよ。おっさん、淡白とか言ってたっすけどただ早すぎるだけじゃねーっすか。エリリカの母ちゃんがトレーニングした後でちょっとお裾分けしてもらえば良いんじゃないっすか?」


「出ました!! それは素晴らしい作戦ですね!! ところでマロリさんには道徳とかそういうのないんですか?」

「は? 失礼っすね。仕方ねぇじゃないっすか。おっさん1人しかいねぇんだし。ガイコツさんみたいに半分に割る訳にもいかねぇんだし。遺伝子貰えりゃいいんすよね? プロヴィラルって別に多妻家庭がダメって法律はないっすよね?」


 ガイコツが控えめに「あの。レーゲラ・ハァァンでは禁止してございます。ハァァンの政策でお見合い企画とかしてますし。できれば一夫一婦制でお願いできませんか?」と口にしたが、蘇生したシカとウサギに「諦めましょ。マスラオ様だけ特例にすりゃいいんですよ」「これ以上の争いを産まないための悪法は良法ですよ。ペロペロ」と窘められた。


 魔族たちは娯楽で人間を殺すが、仕事で人間を生かしてもいる。


「エリリカちゃん! ごめんね!! 違うの!! 私ね、エリリカちゃんが大事だったから!! ……お年頃なのに急にお母さんとか言う淫乱が家に来たら嫌かなって思って!!」

「それならそうと先に言ってよ!! あたしはお父さんがずっと独り身の方が嫌だもん!! エリリカを大事にしてくれてるの知ってるし、すっごく感謝してるけど!! 自分の事も考えてよ!!」


 配信は続行中。

 「エリリカちゃんマジで良い子」「泣いた」「お義父さん、ええ子を育てたやん」「ところでスカート捲れそう。ロリリン、もっと寄って」と感動的なコメントが流れる。


 翌日には「エリリカ・バロスという魔王がすごい!!」とプロヴィラル全土で彼女の名を知らぬ者はいなくなり、魔王であると同時に稀代の勇者としてメモリア・リガリアの勃興を推し進めていく存在になるのだが、それはもう少し後で語ろう。


「エリリカちゃぁぁぁぁん!! 私の事をそんなに考えてくれてたんだね!! お父さん、本当に嬉しい!! 一生一緒にいようね!!」

「当たり前でしょ! だってあたし、そのうち結婚するもん! 村に住んでも良いけど、お父さん以外にも家族できるし! やっぱりお母さんと一緒にいてくれた方が娘としては安心だもん!!」


 マスラオが「ほひゅっ」と肺から縁起の悪い音を出したかと思うと、本格的に息を引き取った。

 娘はいつか旅立つのである。


 忘れ物がなくなった頃には。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 それから2年の時が流れた。

 お父さんは生きているだろうか。

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