第1章
第1話
ピピッ―――
「ゴホッ。ゴホッ。37.5℃か。はぁ、この調子だと明日も学校には行けなさそうだな。」
僕、文月霞は半年間の猛勉強の末、念願の
だというのに、、、無理が
もう入学式から3日も経つというのにまだ学校へは行けていない。
「あーあ、もう皆友達出来てんだろうな。高校デビューとか以前に失敗してるとか笑えない。」
とはいえ、なんとか早く風邪を治して学校に行かなければならない。家での自習で学業の遅れが簡単に取り戻せるとも思えない。
ひとまず何か飯を買いにコンビニ行こう。何も食べず薬も飲まずじゃあとで母に叱責を浴びてしまう。
髪もボサボサなまま適当な服装に着替え、家を出る。まだ19時というのにまるで冬のように肌寒いせいか、人通りは全くない。コートも着ればよかったと歩き始めてから後悔する。
コンビニまでは10分程度、さっさと行ってしまおうと足を早めた矢先、近くの公園に泣いている誰かの後ろ姿が見える。
綺麗な長い金髪に、一心高校のものではないと思われる制服を着ており、スラっと長い生足が見えている。
いかにもギャルという感じの容姿と、肩を振るわせ泣いている様子とのギャップに思わず足が止まる。
こちらが足を止めた音に気づき、彼女がこちらを振り向く。
「何?」
かなり棘のある言いようだが、全く頭に入ってこない。彼女の整った顔立ちとメイクがグシャグシャになるくらい泣いた顔に意識が持っていかれてしまうせいだ。
これほど整った顔立ちを現実で見たのは初めてだ。それにそんな美人の大泣きする姿なんて滅多にみれるものではないだろう。
「ねえ、なんで黙ってんの?」
再び棘を刺されてハッと我に返る。そうだ、こんな状況で黙って見つめているなんて変人もいいところだ。
「あ、いや、その、、なんか寒そうだなって思って。風邪引くよ?」
ちょっと待て―――。なんだその言い分は。全く言い訳にもなってないし、泣いている彼女に対してかける言葉じゃないだろ。
どうやら猛勉強の末コミュニケーションの仕方を失ったしまったらしい。
しかも現在進行形で風邪を引いている張本人が人の風邪を心配するとか意味不明である。
「なにそれ。意味わかんないんだけど。」
そう言いつつ彼女の言葉に棘はなく、表情も少し和らいで見えた。
どういうわけかは分からないが完全にコミュニケーション能力を失ったわけではないらしい。
「ねえ、そんなダサい格好で何してたの?」
「いや、これからコンビニで飯買おうと思って。」
「じゃあさ、なにかおごって。」
ええ、、、ギャルの距離感おかしくない?
たまたま通りかかっただけ(実際はじっと見つめる変人ムーブはしたが)の人の買い物についてくるか?
「私の恥ずかしい姿みれたんだし、それくらいいいじゃん。」
「公園であんなに大泣きしてたら気になるのが普通だと思うけど。」
「――――っ、さっきのは忘れること!いい?」
「、、、はいはい。」
自分から話題に出したんじゃないかと言いそうになったが、また何か言われそうなので心の内にしまうことにした。それにさっきまであんなに泣いていた彼女から涙が消えていたのが何だか嬉しくて水を差す気分にもなれなかった。
◇
「本当にそれで良かったのか?」
「んー、べふにいーでしょ。」
てっきり大量のスイーツでも買わされるのかと思っていたが、まさかのカレーパンだったことに驚いてしまった。
ただ崩れたメイクにカレーパンを頬張る彼女を見ても絵になってしまうから、この世は不公平である。
「ねえ、何も聞かないの?」
「何が?」
「いや、、、なんで泣いてたのかってこと。普通気になるものじゃない?」
「会ったばかりの名前も知らない相手の事情にズケズケと踏み込むようなマナーは持ち合わせていないつもりだけど。」
「そか、何も聞かないでくれてありがとね。」
気にならないといったら嘘になる。が、人には踏みこんで欲しくない領域があるということは身をもって理解しているつもりだ。
まあ、コンビニまでくる間はくだらない話ばかりしていて、事情を聞く以前にお互いの名前すら言うタイミングがなかったのも事実だが。
「
「え?」
「名前。ふふっ、すっかり自己紹介も忘れてたね。」
「ああ、僕は
「霞っちは高校生?」
いやいやいや、やっぱり距離感おかしくない?あだ名つけられるのなんて初めてなんだけど。それも初対面で。
「高校1年だけど。霞っちはやめてくれ。」
「なんでよ、いーじゃん霞っち。」
「自分の名前あんまり好きじゃないんだ。女っぽいし。」
「霞っちちょっと男子って感じしないし似合ってると思うよ。それに変人だし。」
「いや、今変人は関係ないだろ―――」
「でも、ほんと素敵な名前だと思うよ。」
さっきまで冗談半分で
「霞っち顔赤いよ?もしかして―――」
ピタッ―――。
急におでこをつけられ、綺麗な顔だとか、いい匂いがするだとか、やっぱり距離感がおかしいだとか変な思考が頭を廻って余計に熱を帯びてくる。せっかく治りかけてきたというのに風邪が悪化しそうだ。
「やっぱり熱あるじゃん!」
「ああ、実は高校に入る前に風邪を引いて、まだ登校もできていなんだ。」
「それもっと早く言ってよね。もーこんな寒い中、話してる場合じゃないでしょ。そもそもなんで外出ちゃうかなー。」
「ご、ごめん。」
「怒ってない。」
嘘だ。完全に怒ってる。顔を膨らませて怒っているが、にもかかわらず怖いよりも可愛いという感情が勝ってしまう。
「じゃあ外で話してる場合じゃないね。さっさと帰ってしっかり休んでよね。おやすみ!お大事に!」
それだけ言って彼女は走って帰っていってしまった。
嵐のような彼女の行動に呆然としつつ、まだ熱は冷めない。
と、彼女が走って戻ってきた。
「言い忘れてたけど、パンありがと。ごちそうさま。」
それだけ言って再び走り去っていく彼女を見てなんだか笑みがこぼれた。
こんなにも自然と笑ってしまったのはいつぶりだろうか、なんてことを考えつつ、少し冷えた弁当を抱えて我が家に向かって歩き出した。
これが、狭川柑奈との鮮烈な出会いだった。
そして、この時はまだ彼女にすぐ再会することになるとは思ってもいなかった。
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