第2話

ピピッ―――


「、、、36.5℃。熱引いたのかよ。」


狭川柑奈と出会って翌朝、てっきり熱はぶり返すと思っていたが意外にも平熱に戻っていた。それどころか、咳も体のだるさすらほとんどない。昨晩は体に良くない行動をしていたはずなのに、自分の体ながら本当に不思議だ。


「おはよう、霞。熱はどう?」

「母さん。すっかり治ったよ。学校にも行けそう。」

「そう、よかった。すぐにご飯作るね。」

「え、いいよ。途中で何か買ってく。」

「何言ってんの。病み上がりなんだから家でゆっくり食べてから行きなさい。」


夜勤で相当疲れているだろうに、、顔にはクマがくっきり見える。

そんな母には早く横になって欲しい気持ちでいっぱいだったが、母の気持ちも無下にできなかった。


制服に着替え、リビングに行くと朝食を作り終えた母が座って待っていた。先ほどの疲れた顔が嘘のように微笑んだ顔でこちらを見ている。


「え、何?そんなニコニコして。」

「いやね、あの霞がもう高校生になるのかと思って。」

「本当なら4日前から高校生だったけどね。」

「そういうことじゃないの。」


朝食を食べる間も嬉しそうにこちらを見ていた母だったが、食べ終わるころには座ったまま寝落ちしてしまっていた。やはり疲れが溜まっていたのだろう。


母は昔から僕に疲れをあまり見せないたくましい人だったが、5年前にシングルマザーになってからはより一層たくましくなった気がする。弱音も全然吐かないのが逆に心配になるほどだ。それもあってか、母には僕のことでこれ以上負担を掛けないように勉強だけは頑張り、一心高校に入学できた。本当に母には感謝してもしきれない。


「ごちそうさま。朝食ありがとう、母さん。」


母にブランケットを被せ、起こさないように家を出た。



「あれ、霞っちじゃん。」


学校まで向かう途中、昨晩のコンビニの横を通ると僕を唯一のあだ名で呼ぶ聞き覚えのある声がした。


「あ、狭川。おはよう。」

「おはよ、体調はもう良くなったの?」

「なんか朝起きたら治ってた。」

「へぇ~、私のおかげだね。」


狭川のおかげ、と言われるようなことはされていないと思うが、確かに久々に人と話して元気をもらってたのかもしれない。

女子と話して風邪が治る、なんて僕は単純な人間なんだと少しへこむ。


「霞っちのその制服、もしかして一心なの?」

「ああ、今日初めて着るんだけどな。」

「ふーん、、、。」


狭川の反応に一瞬、違和感を感じた。特におかしな所はないと思うんだけど。


「霞っち意外と頭いいんだね。」

「意外は余計だ。狭川は双葉高校ふたばこうこうか?」

「そそ、どう?双葉の制服可愛くない?」

「僕には正直分からん。狭川が着崩してるっていうのは分かるけど。」

「ちぇ、つまんないの。こういうときは褒めるのがマナーだよ。」


僕が褒めなくとも困らないくらい、狭川を褒めてくれる奴はいるだろう。

それにしても双葉高校か。ここら辺の高校といえば一心高校か双葉高校くらいだが、全国トップレベルの一心高校には劣るものの、双葉高校も相当優秀な生徒が集まる高校だ。僕も受験の時には一心と双葉で最後まで迷った記憶がある。


「てかもうこんな時間じゃん!今日は早く学校行くんだった。」

「じゃあ、またな」

「うん!あ、そういえば連絡先聞いてなかった。スマホ出して。」


スマホを渡すと素早い手つきでメッセージアプリにお互いの連絡先を入れていた。流石、というべきか慣れた手つきだ。


中学でも多少は友達がいたが、高校に入って友達と言えるような初めての相手が別の高校に通うギャルだとは予想だにしなかった。



狭川と別れ、一心高校に着くと教室に入る前に職員室を目指した。休みの間、たっぷり溜まってしまった書類を回収するためだ。


「おお、お前が文月か。担任の有沢ありさわだ。よろしくな。もう体調は大丈夫か?」

「はい、すっかり治りました。」

「てっきり初日からサボる問題児が入学してきたと思ってたが、案外普通のやつだな。」

「本当に風邪引いてただけですって。」

「そうか。これが今日までの配布物だ。それとこれまでの授業に関しては周りの奴らに聞いてくれ。教室の席は窓側から2列目の1番後ろな。」

「分かりました。もう行って大丈夫ですか。」

「ああ。あ、それと風蔵かぜくらとは仲良くしてやってくれ。」

「はぁ、誰か知らないですけど、仲良くなれるように頑張ってます。」

「よろしく頼んだぞ。」


遅れて初登校してきた奴に頼むって、風蔵って人こそ問題児ではないだろうか。

今の僕にとっては問題児に気を配るより周りに馴染む方が先だと思うが、こうも先生に頼まれてはしょうがない。


一礼し、教室へと向かった。



教室に入ると周囲からチラチラ見られる視線を感じる。

今まで見たことなかった生徒が教室に入ってきたのだ、別に他の生徒に悪気があって視線を向けられているわけではないと理解はしているが、僕はこの視線がたまらなく苦手だ。


視線から逃げるように自分の席についた。まずは隣の席の人と話せればと思っていたが、僕の左側の窓のある方の席には椅子はなく、机だけが置かれている。少し変だと思ったが、机だけ余ったと考えるのが自然だろう。


他では案の定クラス内はグループができており、時間が経つにつれ、ゾロゾロと教室に人が集まってグループの様相が大きくなる。全くこんな状況で誰が話に入っていけるだろうか。僕には自習するフリしかできなかった。


誰とも話すことのないまま、午前の授業は進んでいった。やはり全国トップレベルというべきか、スピードの速い授業になんとかついていくので精一杯だった。そのおかげで授業だけに没頭できたのは幸いだったが。


授業中、狭川からメッセージが届いていたことに驚く。

『霞っちー、ひまー。』

『暇って。そっちも授業中だろ。』

『自習時間~。それより友達出来た??』

『全くできる気がしない。』

『クラスの人とは仲良くしなきゃダメだよ笑』

『余計なお世話だ。』


息の詰まりそうな時間が続いていたが、狭川とのやり取りで少し気持ちが軽くなった。ぐいぐい距離を縮めてくるのはどちらかというとニガテな方だと思っていたが、案外気楽で、彼女の行動が今の僕にとっての救いだった。


再びメッセージに目を落とすと、仲良くしなきゃ、という狭川のメッセージを見て、不意に先生に頼まれたことを思い出した。

おかしいな、先生は風蔵という生徒と仲良くするように言っていたが、それらしき人の名前は聞かなかった。他の生徒で浮いているような人はいなそうだし、何かの間違いだったのだろうと思うことにした。



もうすぐで昼休みの時間だというとき、授業中みんなが眠そうにしているなか、突然後ろのドアの開く音がした。その音に思わず視線を向けてしまう。

自分が苦手な視線を他人に向けてしまうことに嫌悪感を抱いたが、一瞬にしてそんな思考は吹き飛び、ドアを開けた音の主に釘付けになった。


黒い長髪に、整った顔立ち、品の良い所作、そして少女のように小さい身長、いや違う――――。


朝の違和感、僕の隣の席に机しかない理由がやっとわかった。



彼女、風蔵紫音かぜくらしおんは車椅子に乗っていたのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

偶然仲良くなったギャルの姉はクラスの窓際に座る天才お嬢様だった。 犠牲となった山羊 @yagi_scapegoat

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ