ダンジョン攻略

 わたしたちが別荘に戻ると、ウィリアム王子に怒られた。


「湖まで散歩に行くと言って、こんな日没過ぎまで何処に行ってたんだ? 探したぞ!」


「遊覧船に乗っていました」


「遊覧船だと? こんな夜遅くに遊覧船に乗って、景色もなにも見えないのになんの意味があるんだ?」


「ごめんなさい。おっしゃる通りでした」


 激怒するウィリアム王子をなだめる様にわたしは平謝りをする。


 知らない土地を、しかも日が落ちた時間まで、女二人で出掛けていたのがなにかの事件に巻き込まれたのかと心配だったのか滅茶苦茶怒っている。


 ウィリアム王子が心配するのもわかる。


 この町の事情をわたしは知らないけど、少なくとも地球上で比較的治安の良い地域と言われる日本よりもこの町の治安がいいとは思えないのでウィリアム王子が心配してたのもわかるわね。


 さすがに遊覧船に乗って妖精の泉をアイと訪れたことは黙っておいた。


「まあ、兄貴。無事に帰って来たんだからいいじゃないか」


「だがなー」


「せっかくの旅行を説教で台無しにすることも無いだろ?」


 ウイリアム王子は少し考えた後、ため息をついた。


 チャールズ王子に諭されて、ウィリアム王子も落ち着いたようだ。


「今回の件はアイビスに護衛の騎士を付けておかなかった俺の落ち度でもあるな」


 そしてチャールズ王子はわたしを諭す。


「アイビスも兄貴が心配するのがわかってるんだから、こんな時間まで出掛けるなよ」


「すいませんでした」


 それ以降、レイクシアで出掛ける時は必ずウィリアム王子か騎士さんと一緒ということになったけど、まあ仕方なし。


 *


 夕食後、明日のダンジョン探索の打ち合わせを行った。


 わたしは一番気がかりだったこと、本当にレイクシアにダンジョンが存在したのかを確認する。


「レイクシアにダンジョンはあったの?」


「有ったぞ。手つかずで残っていた」


 レイクシアにダンジョンがあるなんて話は聞いてないのに、こうもあっさりと見つけられるなんて本当かしら?


 しかも手つかずって……。


 そんなことがあり得るのかしら?


 わたしは半信半疑で聞いてみる。


「よく今までダンジョンが冒険者に荒らされなかったわね」


「フランシスカが見つけたけど、入り口を封印していたからな。普通に前を通りがかっても大きな岩にしか見えなかったはずだ」


 封印してたなら今までダンジョンが見つからなかったのも納得だわね。


「しっかりと私の魔法で封印してたのよ」


 と、なぜか得意気なフランシスカ。


 本来はダンジョンを見つけたら冒険者ギルドに報告しないといけないのに、なんで得意気なんだろう。


 まあいいわ。


 わたしがフランシスカに代わって冒険者ギルドにしっかりと報告するんだから。


 わたしの調査結果とともに冒険者ギルドにダンジョン発見の報告をすれば、冒険者たち、いや水晶学園の教師や生徒から一目置かれる存在になれるわ!


 これで断罪イベントから確実に一歩遠のくことが出来るわね。


 にひひひ。


 完璧な計画だわ。


 わたしは調査書作成役を買って出る。


「報告書作成役をします!」


 ウィリアム王子も賛同してくれる。


「調査役はアイビスに任せていいか?」


「いいと思うぜって言うか、他に適役はいないだろ」


「アイはアイビス様の護衛役をする」


「じゃあ、兄貴は俺と一緒に攻撃役で、フランシスカは回復役を頼む」


「はい!」


「了解だ」


 誰からも異論はでず、あっさりと役割分担は決まった。


「次は装備とアイテムの確認だけど……、装備は各自用意したな?」


 皆、用意した剣と防具を再度確認をする。


 全員が頷いた。


「装備は全員揃っているようだな」


 ウィリアム王子は満足気だ。


 どうやら装備を持って来てなかったのはわたしだけだったらしい。


「みんな装備を持って来てるなんて準備がいいわね。わたしなんてさっき買ってきたばかりよ」


「準備悪いわね」と学園では家庭教師役だったフランシスカが咎める。


 だって、レイクシアにダンジョンがあるなんて今朝まで知らなかったし。


 わたしがダメなんじゃないわよ、と一人心の中で弁解。


 ウィリアム王子は用意が良かった。


「自由研究になにするか決めてなかったから、モンスター討伐になる可能性も考えて取り敢えず持って来たんだ」


「俺はアイと毎朝組手するつもりだったからな」


「アイもチャールズ王子と組み手をするつもりだった」


「わたしはこれしか外着が無いからね……」


 フランシスカはいっつも部屋で寝てただけだから、聖なる衣の装備しか服を持ってなかったのね。


 わたし以下のダメっこじゃない。


 ダメっこ動物が私ひとりじゃなくて一安心した。


 次はポーションとかの備品。


 ウィリアム王子が用意したポーションは、わたしが今日レイクシアの町で買って来たよりも量も種類も遥かに多い。


 それにわたしが買い忘れたロープやランプも用意してあった。


 中には緊急脱出用の護符の束に罠検知用の魔道具迄ある。


「なにが起こるか、わからないからな」


 ウィリアム王子は完璧準備星人だった。


 でも、チャールズ王子が疑問を投げかける。


「でも兄貴、こんな大荷物を持ってダンジョン探索に行けるものなのか?」


「護衛の騎士に持ってもらえばいい」


 学校の自由研究なのに騎士さんに手伝って貰っていいの?


「ウィリアム、護衛の騎士さんも連れて行くの?」


「そりゃそうだろ。俺もチャールズも王子だし、アイビスも妃になる予定の俺の彼女だ。俺たちだけでダンジョンに潜って事故でも起こったら、護衛役の騎士がなんの為に護衛に付いたのかと問い詰められ……物理的にクビが飛ぶ」


 そっか。


 そうなるわよね……。


 いくら自由研究でも王子の命を危険に晒すことはない。


 アイテムの確認も終わったので、今度は具体的な調査方針の打ち合わせだ。


 ウィリアム王子はダンジョンの様子をフランシスカに聞く。


「お前が前に潜った時、ダンジョンはどんな感じだったんだ?」


「ダンジョンは出来たばかりで、かなり小規模。階層も3つだったわ」


「出来て2~3年てとこか」


「その位ね」


「それが6年前の話となると……今は10層ぐらいに成長している可能性もあるのか」


「思ったよりも規模が大きいな」


「まあ、入り口を封印してあったから3層のままかもしれないし、もし成長しまくってて俺たちの手に余ると判断したら即撤退しよう」


 リルティアの世界ではダンジョンは魔道生物で、冒険者や魔物なんかの外敵を餌に成長する。


 順調に育ったとして、木の年輪みたいに1年に1層ずつ増えていくと言われているけど、入り口を封印してあったならば栄養不足になり大きくは育だってないはずだわね。


 ウィリアム王子はなにかの計算を始めた。


 しばらくすると計算が終わったのか、計算結果をもとに書いた図で説明を始める。


「授業で習った通り、ダンジョンは浅い階層に行けば行くほど階層の広さが広がっていくと言われているが、最初のフロアの探索時間が1時間以内で済むようならば、既に成長の止まった3階層の小規模ダンジョンで間違いはないだろう」


「そうなのか? 兄貴?」


「この前の期末試験に出た問題だろ」


「すまねぇ。俺、期末試験は酷い結果だったわ」


 そして頭をポリポリと掻くチャールズ王子。


 それを見て皆から笑みがこぼれる。


 ウィリアム王子は話を続ける。


「逆に最初のフロアの探索時間が4時間を超えるようならば大規模ダンジョンに成長している可能性があるので、それ以上の探索は危険だ」


 フランシスカは食らいつくように王子に問いただす。


「その場合の探索はどうなるの?」


「中止して、国か冒険者ギルドに判断を委ねる」


「それじゃ、アウレリアは……」


 絶望した表情でうなだれるフランシスカ。


 フランシスカのダンジョン攻略の目的が親友アウレリアに引導を渡すことと知らなかったわたしは、フランシスカがなぜ絶望した表情を浮かべたのか理解出来なかった。

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