アイとのひととき
別荘に戻っても、ダンジョンを探しに行ったウィリアム王子、チャールズ王子、フランシスカはまだ戻っていなかった。
酔っぱらいのフランシスカのことだ。
道に迷ってるか、ダンジョンの存在自体が酔っぱらってる時に見た夢でダンジョンを探し回っているのかもしれない。
ダンジョン調査の荷物を置いてひと休憩しようとすると、アイが気まずそうに声を掛けてきた。
「アイビス様。ウィリアム王子とチャールズ王子がまだ戻ってきていないので少しお出掛けしませんか?」
「どうしたの?」
「彼女たちの仕事の邪魔になるようです」
アイが視線を向けた先には夕飯の準備を中断して、わたしたちの世話の為に待機をしているメイドの姿が目に入った。
「アイがアイビス様のお世話をしてもいいんですが、それだと別荘付きの使用人たちの仕事を奪ってプライドを傷つけてしまうことになります」
確かに別荘にいる間は、メイドであるアイであっても客人扱いで歓迎される立場である。
屋敷の使用人の世話を拒否してわたしの世話をアイがすることは、この屋敷の使用人を全否定することに他ならない。
わたしはアイに促されレイクシアの名の由来になっているレイクシア湖に散策へと出掛けることにした。
アイはわたしと手を繋いで歩けるのが嬉しいらしく笑みをこぼしている。
*
湖の湖畔に着くとアイがやたらはしゃいで走り回ってる。
なにかを見つけたようで、遠くから駆け戻って来た。
「アイビス様、見つけました。こっちです!」
「なにがあるのよ?」
アイに手を引かれてやって来たのは遊覧船の船着き場だった。
アイは船着き場の建物に入り受付のお姉さんに声を掛ける。
「遊覧船のチャーターをお願いします」
「この時間からですと、営業時間が終わってしまいますので、遊覧船の貸し切りは明日にして頂けないでしょうか?」
確かに今から遊覧船をチャーターしたとして30分もしないで日没だ。
日本ならネオンを背景に食事を楽しむ夜景クルーズなんてものがあるけど、リルティアの世界は中世ヨーロッパベースの世界なのでネオンどころか街灯も無いので夜の湖は真っ暗だ。
お姉さんは日没寸前に遊覧船のチャーターを申し込まれて少し困った顔をしていたので、わたしも口を添える。
「遊覧船に乗るなら明日のダンジョンの調査の後にしよう。昼間の方が絶対に景色がいいはずよ」
でもアイは鼻息荒く有無を言わさない感じで料金をお姉さんに渡す。
「これでいいわよね?」
「こんなにですか?」
お姉さんの声が思いっきり裏返った。
その額は通常の10倍の料金で、受付のお姉さんも快く受け取る。
それにしても、この金額。
アイの1年分のお給金ぐらいじゃないの?
そこまでして遊覧船に乗りたかったの?
アイはわたしに微笑む。
「どうしても行きたいところがあるんです」
そう言うと、アイは遊覧船の船長に行き先を指示した。
*
船に乗り込み15分ほどで目的の島に着いた。
着いたのはレイクシア湖の中心にある森があるだけの島で、小学校の校舎が建てられるぐらいの面積のちょっと大き目な島。
湖の中にある島としてはかなり大きい。
「ここが目的地のコプラ島です」
「アイはレイクシアに初めて来たのに詳しいわね」
「レイクシアに行くと決まってから、めちゃくちゃ調べましたから」
そういってアイはわたしの手を引いて船を降りる。
アイは遊覧船の船長さんに「1時間ぐらいで戻ってきます」と伝え、チップの金貨を渡す。
日は既に落ちたのか辺りは徐々に暗くなった。
「暗くなってきて気味が悪いわね……」
「ご安心ください。この島には鳥しか住んでいないので危険な生物は居ません。それに万が一、ワイバーンが現れてもアイがこの剣で始末します」
自信ありげに腰に下げた剣をぽんぽんと叩くアイ。
頼もしい事で……。
アイの目的地は決まっているらしく、迷いがなかった。
10分ほど歩くと目的地の泉に到着した。
泉にはほんのりと光る妖精が3匹ほど舞っている。
「この泉は――」
アイが説明するより前にわたしの口からこの泉の名前がこぼれる。
「『妖精の泉』じゃない!」
乙女ゲームのリルティアでマリエルが2年生の時、攻略対象との個別イベントで訪れる泉。
満月の輝く夜に妖精の泉を訪れたカップルは永遠の愛を約束される……。
そんなロマンチックな設定の泉だった。
ゲームのリルティアの中では攻略対象の好感度が上がる効果以外は特にないんだけどね。
しかもこの妖精の泉イベントが発生する頃の攻略対象との好感度はほぼMAXだからステータス的な意味は殆どない。
アイだってわたしへの好感度はMAXを超えて振り切ってるしね。
それでも
それにしても妖精の泉がレイクシアにもあったとは驚きだわ。
「このロウソクに火を灯して消えるまで一緒に過ごすと二人の愛は永遠のものとなります」
アイはどこから用意したのかイベントアイテムの『聖なるロウソク』を取り出して灯をともした。
このロウソクが本当に聖なるロウソクだったら手に入れるのが結構大変だったと思うんだけど、どうやって手に入れたのかが気になる。
クエストをせずに買ったのならば小さな家一軒が買えるぐらいの値段がするはず。
どこで手に入れたのかアイに聞いても「愛の力です」としか教えてくれない。
聖なるロウソクじゃなく普通のロウソクなんだろうなと思いつつ、アイとロウソクの灯が消えるまで肩を寄せ合い見つめ合い、妖精の泉イベントを行った。
ロウソクを灯すと妖精の数が増え、淡い光を放つ小さな妖精が泉を照らし飛び回る。
まるでわたしたちを祝福してくれているようだ。
綺麗。
そしてロマンチック。
これは夏休みのいい思い出になる。
そう、わたしは確信した。
ロウソクが燃え尽きるとわたしは立ちあがる。
「さ、船長さんが待ってるわよ。早く帰りましょう」
わたしが帰路に着いたけど、アイは立ち止まったままだ。
「どうしたの?」
「待ってください!」
意を決したようにアイが話し始めた。
その表情は真剣そのものだ。
「アイビス様、アイはあなたのことが好きです」
なにを今更って感じなんだけど……。
わたしだってアイが好きって言うか、これから訪れるであろう断罪イベントにはアイの存在が欠かせない。
絶対に手放してはいけない友だち、いや親友だと思っている。
「そんな事、改めて言われなくても知ってるわよ」
「アイビス様はアイの事を受け入れてくれるのですか?」
「受け入れるもなにも、わたしもアイのことを好きよ」
「アイビス様……アイは幸せ者です」
感極まったアイはわたしに抱きついて来た。
ロマンチックな妖精の泉のイベントをしたせいか、アイは盛り上がりまくってる。
わたしもアイの頭を抱えて頷いた。
「アイ……、これからもずっと一緒にいようね」
「はい!」
こうして二人だけの夏休みの思い出となる妖精の泉イベントは幕を閉じた。
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