マリエルの剣の才能

 ここのところ勉強ばっかりだったわたしは息抜きを兼ねてアイとランスロットの小屋を訪ねてみた。


 たぶんマリエルとブラッドフォードが練習してると思うから修行の進み具合を確認する目的もあったのよね。


 小屋前の広場を訪れたわたしは目を疑った。


 マリエルは広場を縦横無尽に駆け巡りながら、時には空中からのフェイントを混ぜつつ一撃離脱の攻撃を繰り返している。


 武闘会では指輪の力を使ってもここまで足を使えてなかったのにどうなってるのよ?


 これにはブラッドフォードも攻撃を捌ききれなくて押されていた。


 たった一ヶ月でランスロットを凌駕りょうがするなんて……とんでもない剣の才能ね。


 これはとんでもない化け物を生む機会を与えてしまったかもしれない。


 わたしは思わず本音が漏れる。


「ここまで成長するとわかってたならランスロットを紹介するんじゃなかった」


 アイは不安がるわたしを見ると手をぎゅっと握って来た。


「アイビス様になにかあったらアイが命をもって守るので安心して」


「アイはあの剣を捌けるの?」


「あんな剣など余裕。それにアイビス様が本気を出せばあんな剣では相手にならない」


「そっか。ありがとう」


 アイに励まされて少し不安が取り除かれた。


 わたしが来たことに気が付いたランスロットが手を振りながら声を掛けて来る。


「おー! アイビス様か。久しぶりだな」


「久しぶりね、ランスロット」


「マリエルの成長が凄まじいわね」


「そうだな。一週間前ぐらいに、もっと足を使って攻撃と回避をしろとアドバイスをしただけなのにもうこの動きさ。マリエルは才能の底が見えないな」


 マリエルの実力はランスロットのお墨付きか。


 わたしも勉強が一区切りしたら、剣の訓練を再びしないとマリエルに負けそうで不安だわ。


 組み手が一区切りしたマリエルたちがこちらに戻って来る。


 マリエルとランスロットは楽しそうに組み手の感想を言い合っていた。


「いやー、さっきの攻撃は防ぎ損ねそうになったぞ」


「そう言いつつ、また足を出してこようとしたでしょ」


「あははは、バレてたか」


 わたしたちがいることに気が付いたマリエルが駆け寄って来た。


「アイビス様、お久しぶりです」


「どう? 訓練頑張ってるみたいね。楽しい?」


「凄く楽しいです。アイビス様がランスロット師匠を紹介してくれたことを感謝します」


「気に入ってもらってこちらも嬉しいわ。ところで、ブラッドフォード」


 突然わたしに声を掛けられたブラッドフォードはびっくりしている。


 わたしはランスロットに耳打ちした。


「マリエルとは上手くいっているの?」


「上手くって、なんだよ?」


「恋人としての関係よ」


「こ、こ、恋人!?」


 ブラッドフォードは素っ頓狂な大声を出し、顔が真っ赤。


 マリエルの顔も真っ赤でどう見ても二人は恋人未満の間柄だ。


 この二人の仲はまだ恋人とまでは言えないけど上手くいっているようで安心した。


「冗談よ。仲がよさそうだから、ちょっとからかっただけだから気にしないでね」


 差し入れのお菓子をわたすとわたしはその場を退散することにした。


 *


 寮に戻ったわたしたち。


 久しぶりに歩き回ったから少し足が疲れたわね。


 アイがお茶菓子を用意してくれたのでテーブルに付く。


「久しぶりに息抜きが出来て楽しかったわね」


「アイはアイビス様と二人だけで一緒に居られて楽しかった」


 アイは相変わらずわたしが大好きみたいで全くブレない。


 アイはいつもわたしに給仕する為に立っているので、たまには一緒に話したくなってお茶を勧める。


「アイも一緒にお茶をしよう。たまにはアイと話したいわ」


 アイに断るとか遠慮するとかの選択肢は無いようで一瞬でわたしの隣に席を用意し肩が触れるように座る。


 いつもは給仕をしているアイだけど、本当はわたしと話したかったみたいね。


 わたしは学園生活のことをアイに聞いてみた。


「学園生活は楽しい?」


「アイビス様とずっと一緒に居られて楽しい」


 やはりそれか。


 こんな答えが返って来るんじゃないかと薄々思ってたよ。


 アイはわたしのことが好き過ぎる。


 それならばわたしもアイの好意に応えないとね。


「わたしもアイと一緒に居られて楽しいよ」


 それを聞いたアイはボロボロと涙を流す。


 って、なんでいきなり泣くのよ。


「どうしたのアイ。なんでいきなり泣いちゃうのよ」


 アイはぐずぐすと鼻を鳴らしながら小声で囁く。


「アイの愛が重過ぎてアイビス様に避けられているとばかり思っていました。こんなお言葉を掛けて貰えるなんて……思いもしなかったです」


 わたしはハンカチを出しアイの涙を拭う。


「泣いてたらせっかくの美人が台無しよ。さあ、笑って」


 するとアイは笑わずに真顔になってぎゅっと手を握ってくる。


「アイビス様、今すぐアイと駆け落ちをしましょう。二人だけの愛の逃避行です」


 な、なんでいきなり駆け落ち?


 わたしは理解が追いつかない。


「なんで駆け落ちをしないといけないのよ?」


「この学園にいたらアイビス様は絶対に不幸になる。今すぐアイと逃げるのです」


「不幸ってどういうことよ?」


「ウィリアム王子とか……。彼は非常に危険な存在です。だからアイビス様はウィリアム王子を捨ててアイと一緒になるのです」


 危険てなによ?


 ウィリアム王子と恋人になるなってことなのかな?


 昔のウィリアム王子ならわたしを断頭台に送り込む諸悪の根源だったけど、今のウィリアム王子ならそんな危険は無くてむしろわたしを守ってくれる存在。


 わたしから恋人になって欲しいと望んでいるぐらいなんだけど……。


「今のウィリアム王子なら大丈夫よ。それにアイが居ればなにかあっても大丈夫と思うわ。期待しているわよ」


「でも……」


 この時のアイの忠告を素直に聞いておけば良かったと後悔したのは遥か後のことだった。

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