第二章

アイビスの家庭教師

 マリエルとブラッドフォードはランスロットの元に毎日通って仲良く修行をしているようだ。


 ランスロットにマリエルの様子を聞いてみると予想通り飲み込みが早く、1年も経たずに騎士として仕上げることが出来るだろうと言うことだった。


 ブラッドフォードとの仲も順調なようで良きライバルとして切磋琢磨しているようだ。


 ランスロット小屋での修行の行き帰りはわたしが言いつけたようにブラッドフォードが護衛に付いて送り迎えしているので二人は毎日デート繰り返しているようなもので、二人の仲は急速に接近していた。


 このまま何事も無ければ二人は恋人になるだろう。


 *


 問題はわたしの方だ。


 マリエルとブラッドフォードのカップリングを成立させた今、わたしが平穏な生活を続けるにはウィリアム王子に守られ続けられなければならない。


 要はウィリアム王子に愛想を尽かされたら終わり。


 ウィリアム王子はわたしの学力に惹かれ一目ぼれをし恋に落ちたので、アイビスわたしの中身が勉強が嫌いで、リルティアが大好きなだけのアホなアラサー女と言うことだけはバレたらお終いだわ。


 守ってくれる人がいなくなれば、元悪役令嬢のアイビスわたしなんてゲームシナリオという謎の強制力に押し流されて断罪ルートへまっしぐら。


 それでお終いだ。


 それだけは困る。


 わたしはウィリアム王子が望む学園最強の英知を目指して勉強を続けるけど、元々全て覚えていた入学試験の受験勉強と違って結構きついのよ。


 一人で勉強をするのはきついから先生が欲しい。


 かと言って、男であるビリーくんに教えて貰うのはウィリアム王子の神経を逆撫ですることになって逆効果だわね……。


 なんとかならないのかな?と思って誰か先生になってくれる女の人に心当たりがないか、担任に聞きに行った。


「学園最強の英知を目指すための女性の家庭教師? まあ、いないことは無いけどあんまりおすすめは出来る人物じゃ無いので……、男じゃダメなのか?」


「ダメです」


 ということで無理やり紹介してもらった。


 一週間後、面接をしに寮に現れた家庭教師の先生は聖女さんだったの。


 雇い主はウィリアム王子と言うことになるので、王子の面接を受けることになったわ。


「フランシスカと申します。5年前までこの水晶学園の生徒でした。今は修道院での聖女見習い生活ですけど、こう見えても水晶学園を主席卒業をした優秀な生徒なのですわ。必ずや、アイビス様を学園の頂点に輝かせて見せます!」


 フランシスカはめっちゃくちゃやる気だ。


 面接でのやり取りを見た感じ、かなり清楚でいながら言うことはハッキリというキビキビした感じの人だった。


 日本で言えばレディーススーツを決めて清潔な身なりをしたキャリアウーマンみたいな感じだ。


 ただ漫然にOLをしていた昔のわたしとは関わることのなかった人種ね。


 やる気があり過ぎてスパルタ教育をされそうなのがちょっと怖かったけど、ウィリアム王子はフランシスカを大変気に入ったようだ。


「いいだろう、フランシスカをアイビスの専任家庭教師として採用する」


 こうしてフランシスカがわたしの家庭教師に決まったんだけど、わたしの部屋に着いた途端、猫を被っていたことをやめ本性をさらけ出した。


 ベッドに身を投げ出すと聖女の法衣を脱ぎ捨てて、下着一枚になる。


 おまけにカバンの中に隠していた酒瓶を取り出してラッパ飲みをし始めた。


「ぷはー! やっと堅苦しい修道院から出向扱いで出れたわ。久しぶりの娑婆しゃばの酒はたまんねーな!」


 一気に酒瓶を3本空け、もうべろんべろんだ。


 フランシスカは酔いが回ったのか愚痴り始める。


「なんだよ、あの聖女のババアは。『聖女という者は人々の模範となる存在でないといけません。常に身を正し、人々の模範となる生活をしなくてはいけません』だと? こっちは毎日居るか居ないかわからない女神さまに祈り続けてストレスがマッハなんだよ!」


 これは……。


 まるで、場末の酒場でクダを巻くダメリーマン。


 わたしが見てもわかる……。


 これはダメな大人だ。


 さすがに前世のわたしでもここまでは酷くなかった。


 フランシスカはいきなり酒瓶を空けたと思ったら、今度は大いびきで爆睡し始める。


 アイの汚物を見つめる様な視線がはたから見ていても痛い。


「こんな汚物をアイビス様の視界に入れる訳にはいけません」


 アイはフランシスカをわたしの視界から遮るようにカーテンで目隠をした。


 こんな大人にはなってはいけない。


 そう思ったわたしは必死に勉強することにしたのであった。


 *


 見てはいけない大人を見たせいか、危機感に迫られたわたしは驚異の集中力を発揮。


 成績が上がり始めた。


 授業後の課題の成績をみて、ウィリアム王子も満足気だ。


「最近、勉強の方をかなり頑張っているみたいだな」


「ええ、必死に頑張っています」


 さすがに、あんなダメな大人を見せられたら勉強するしかないわ。


 ウィリアム王子に秒で切り捨てられるような、ダメな大人だけはなりたくない。


 わたしは必死に自習を続けた。


 *


 フランシスカが寮にやって来てから一ヶ月。


 未だにフランシスカから授業をして貰ったことは無くて、ずっとお酒を飲んでだらけているだけだった。


 わたしは必死に毎日勉強しているのに、この人はなにをしているのよ?


 さすがに最初の一週間ぐらいは今までの聖女見習い生活が大変だったんだろうなと爪の先ぐらいは同情できたけど、一ヶ月もだらけ続けていると家庭教師という役割を果たしていないと文句も言いたくなる。


 さすがのわたしも堪忍袋の緒が切れて、ウィリアム王子に告げ口してフランシスカを修道院に送り返してやろうと思った。


「フランシスカ! いいかげんに飲むのを止めて、勉強を教えて頂戴。飲ませてだらけさせる為だけにあなたを家庭教師に呼んだんじゃないわよ!」


 ベッドでごろごろするフランシスカにきつく言うと、起き上がって不思議そうな顔をする。


「もう成績上がってないの?」


「上がってはいるけど、わたしの自習のお陰よ」


「じゃあいいじゃない」


「そう言うことじゃない! わたしが必死で勉強してるのにフランシスカはなんにもやってないじゃない!」


 再び起き上がって真面目な顔をする。


「やってるわよ」


 そういってフランシスカは教会で測定したらしいスキル表を見せる。


 そのスキルを見て驚いた。


『取得経験値10倍スキル(範囲)』


「昔は私だけにしか効果が無かったんだけど、今は周りの人にまで効果が及ぶようになったのよね」


 『リルティア王国物語』を何度プレイしても取得条件がわからずに最後まで取れなかった激レアの範囲スキルだ。


 まさか、『取得経験10倍スキル』からの派生になっていたとは……。


 『取得経験10倍スキル』を散々使い込んだのに全然派生しなかったのよね。


「どうやったらその範囲スキルを取れたの?」


「さあ? 気が付いたら取れてたからね……。学園でゴロゴロしすぎて先生に怒られまくったせいかな?」


 そういってフランシスカは笑ったあと、吐きそうになったのか顔を真っ青にしてトイレに駆け込んでいた。


「スキルの効果がまだあるなら壁にぶち当たるまで自分で努力するといいわ。壁にぶち当たったなら私が教えてあげるから。自分の限界を知らない者には限界は超えることは出来ないからね」


 フランシスカはそう言うと「気持ち悪いから、もう寝るわ」と言って寝てしまった。

 

 勉強して頭がいいのは秀才、天才は勉強すら必要ないと聞いたことがあるけど、フランシスカは本当の天才なのかもしれないとわたしは思った。

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