剣の師匠

 予選でマリエルとのカードを組んで欲しいとウィリアム王子にお願いしたら、汚いことはするなとめちゃくちゃ怒られてしまって、また喧嘩になっちゃって憂鬱。


 事情をちゃんと説明してからお願いするとか、もう少しやりようがあったんじゃないかと後悔してしまう。


 一旦こうなったらウィリアム王子はなにも聞いてくれなくなるし、考えを改めるなんて事はしてくれないのでやれるとこまでやるしか無いわ。


 ということで水晶の森の外れにある小屋の前に来ていたわたし。


 目の前には乙女ゲームの『リルティア王国物語』の中でマリエルに剣を教えた師匠のランスロットがいた。


 そしてゲームじゃないこの世界でも剣を使えなかったウィリアム王子に剣を教え込んだ実績もある。


 騎士の育成には定評のある男がランスロットであった。


 そんなランスロットだったけど、突如騎士団を止めてしまいこの地に引きこもってしまったのだ。


 マリエルとの出会いは水晶の森で剣の鍛錬をしていたマリエルがフォレストウルフの群れに襲われていた所をランスロットが日課の墓参りの帰りに助けたのが始まり。


 人付き合いにうとかったランスロットなんだけど、マリエルを一目見て気になってしまい剣の鍛錬の手伝いを申し出たってのがランスロットが剣の師匠になった切っ掛け。


 元騎士団長まで一目惚れさせるとは毎度ワンパターンで雑なシナリオだなとか、攻略対象を惚れさせまくる魔性の女のマリエルならあり得るとか散々言われてたんだけど、リルティマニアのわたしはどうしてランスロットがマリエルに一目惚れしてしまったか知っている。


 実はランスロットには奥さんがいたのよ。


 騎士団員の育成に注力していたランスロットは奥さんのマリーさんの病気に気が付けず手遅れにしてしまったのよね。


 そして、残り少ない残された時間を二人で過ごそうと騎士団長の職を捨ててまでこの地に移り住んだの。


 ランスロットの小屋の中にあるマリエル似の女の人の写真を30回調べると、『昔付き合ってた女だ』としか言わなかったランスロットが亡くなった奥さんのことを語りだすのよ。


 そのイベントに気が付いた時には泣いたわ。


 まあ、30回も写真を調べさせないと奥さんのこと語らないって、語る気あるのかよって話なんだけど……。


 泣ける話はまだまだ続くの。


 ランスロットはマリエルの姿を見て驚くのよ。


 無くなった奥さんの生き写しじゃないかと。


 しかも名前はマリーに似ているマリエルだったので運命を感じたのよね。


 そこでランスロットはマリエルの騎士となる夢を叶えるべく力を貸すって話だったのよ。


 でも、わたしはマリエルのシナリオを改変すると決意した身。


 マリエルとの出会いを無かったことにしてランスロットの美談を全てぶっ壊すわ。


「わたしは次期王妃候補のアイビス。元騎士団長ランスロット、わたしに剣を教えてください」


 予想通り、ランスロットはわたしへの剣技の師事を断って来た。


「俺は既に剣を捨てた身。そなたに教えられるものはなにも持っていない」


 なんでランスロットが断ったのかをわたしは知っている。


 今は乙女ゲーの『リルティア物語』でマリエルとランスロットが出会う遥か前。


 奥さんがまだ生きていたのよ!


 ランスロットは死期の迫った奥さんの看病に忙しく、剣の鍛錬なんてしている暇はない。


 それならば、と……わたしは報酬を差し出す。


「これならどう?」


 差し出された報酬を見たランスロットは驚きのあまり目を丸くする。


「こっ、これは!」


 それはエリクサー。


 リルティアの世界では治せない病気やケガは無いと言われている寿命以外はなんでも治せる神薬だ。


 アイに頼んでわたしのお屋敷の宝物庫から勝手に拝借したものだけど、娘の生死に関わることだからお父様も怒らないわよね。


「今すぐマリーさんに飲ませてあげなさい」


 ランスロットはお礼も言わずに小屋の中に飛び込み、暫くすると喜び合う声が聞こえた。


 わたしはタイミングを見計らって小屋の中に入る。


 マリーさんは治らないはずの病気から完治して、ランスロットと肩を抱き合い涙を流していた。


「どう? 薬は効いた?」


 ランスロットは元騎士らしく深く礼をする。


「ありがとうございます。妻の病気があの薬のお陰で治りました。お礼のしようがありません!」


「お礼ならさっき要求したわよね?」


「剣を教えるだけでいいんですか?」


 すると奥さんのマリーさんも頭を下げている。


「あのお薬は大金を積んでも買えないと言われているエリクサーだったのではないですか?」


「お屋敷の宝物庫にしまってあったけど、もうすぐ消費期限が来るとこだったから気にしないで」


 と適当な事を言いつつ再度のダメ押し。


「ランスロット、わたしの師匠となって剣を教えてくれるわよね?」


「もちろんです! このランスロットお嬢様を必ずや立派な王国最強の騎士に育て上げてみます!」


 やる気が入りまくりのランスロット。


 でも、わたしはマリエルに勝てる程度の剣を覚えられるだけでいいからね。


 騎士になるつもりはないわよ。


 でも、気合の入りまくったランスロットのやる気を削ぐことは出来なさそうだ。

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