王宮住まいの憂鬱

 王宮に住み込み始めて以来、わたしは礼儀作法から法律まで講師の先生からマンツーマンで朝から晩まで叩き込まれていた。


 前世では家でも学校でもこんなにと言うか全く勉強をしたことなんてなかったから地獄よ。


 お屋敷にいた頃なら勉強した後にアイとお菓子を食べながらお茶をして、雑談をしながら一日を過ごしてたんだけど、今やそんなゆとりはない。


 朝から晩までほぼ休みなしの超スパルタ教育だ。


 やっと授業が終わってホッとしていると目の前にはウィリアム王子が現れた。


 うげ……。


 一人になって一息つく暇も無いのね。


「アイビス、なかなか頑張っているようじゃないか」


 どの口が言う……。


 ウィリアム王子がこの山のような課題を押し付けたんでしょうが。


 浮気をする暇が無くなるように、山のようなカリキュラムを組んだのはわかっているのよ。


 わたしは嫌味いやみったらしく、王子に文句を言う。


「こんなにも詰め込み勉強をさせるとわたしの方が賢くなって、結婚した後に王子を傀儡かいらいとしてこの国を乗っ取ってしまいますよ」


「俺たちは夫婦となるんだから乗っ取るも乗っ取らないもないだろう。俺は外交に注力して実政はアイビスに任してしまってもいいな」


 ウィリアム王子はさらに続ける。


「それにアイビスがいま勉強している帝王学は俺が10歳になるまでに修めたものだ。俺を追い抜くのは簡単なことではないぞ」


 結構難解なこの授業を10歳までに終わらせたってことは……凄くない?


 ウィリアム王子を少し見直したわ。


 王子はメイドさんにお茶を入れさせて私にすすめてくる。


「これでも飲んで一日の疲れをとりなさい」


 とても柔らかい匂いのするお茶だった。


「これは?」


「疲労回復効果のあるハーブティーだ」


 飲むと確かに疲れがとれるような気がする。


「ところでアイビス、きみは俺のことをどう思ってるんだ?」


「どういうことです?」


「好きとか嫌いとかあるだろう?」


 どう思ってるって……なんとも思ってないわ。


 どうせ、水晶学園の入学式でマリエルに一目惚れしてわたしを捨てるのはわかりきってるんだから……。


 わたしはウィリアム王子のことを恋愛対象としては見ていない。


 マリエルが現れたら風のようにウィリアム王子の元からわたしは去るわ。


 わたしが考え込んでなかなか答えないでいるとウィリアム王子は少し苛立つ。


「浮気が怖くてアイビスを王宮に閉じ込めたのはやり過ぎだったと今は少し反省はしてるんだが、好きな男を前にしているのならばもう少し色目を使って来てもいいんじゃないか?」


 ぐは……。


 ウィリアム王子をなんとも思ってないのを見透かされた。


 これは……怒らせてギロチンルート。


 わたしは必死に弁解する。


 だけどストレートには弁解しない。


 社会人生活で身に着けた嘘と事実織り交ぜた謝罪。


 明らかな事実に嘘を織り交ぜて真実味を持たせるテクニックよ。


 人間という物は最初に事実を突きつけて、その後に嘘で取り繕うと大抵信じてしまう物なの。


 今回だと、ウィリアム王子を愛してないという事実を告げた後に、実は愛するウィリアム王子から身を引くのが最善手だとの嘘を言えば信じてくれるはず。


 わたしはさっそくウィリアム王子に事実を告げる。


「王子様には見透かされてましたか……。わたしがウィリアム王子を愛してないことが……」


「俺を愛してないだと!」


 それを聞いてウィリアム王子は激怒する。


 ヤバ……。


 アラサー相手ならともかく、まだ成人前のウィリアム王子に事実を突きつけるのはやり過ぎだった。


 その怒りは剣こそ抜かないが柄に手を掛けるほど。


 騒ぎを聞いて、訓練を終えて戻って来たチャールズ王子とアイが止めてやっとその場が治まったぐらいだ。


 でもウィリアム王子の怒りは治まらない。


「アイビス! きみが俺を愛していないとはどういうことだ? この王宮での顔合わせの時に愛しているといったではないか!」


 怒りまくるウィリアム王子。


 やばい選択肢をふんじゃったわね。


 こうなったらやるしかない。


 わたしは嘘に嘘を重ねる。


「確かに愛していると言いましたわ。でも、今は愛せません」


「それはどういうことだ? 俺が王宮にアイビスを閉じ込めたからか?」


 再び、ヒートアップする王子。


 チャールズ王子に羽交い絞めにされてるからどうにかなっているけど、マジで剣を抜いてわたしの鼻先に突きつけようとしている。


 わたしは嘘を続ける。


「わたしがウィリアム王子に相応ふさわしくないからです」


 その言葉を聞くと同時にウィリアム王子から怒りと力が抜けた。


「それはどういうことだ?」


「わたくしはウィリアム王子には相応しくない女であります。きっとわたくしよりも気の合う素晴らしく知的な女性と水晶学園で出会うはずです」


 そう、マリエルのことよ。


 聞き入っている王子にわたしは続ける。


「あくまでもわたくしは王子が真実の愛を見つけるまでの仮初かりそめの女。わたくしにはもったいないウィリアム王子を愛してはいけないとさとったのです」


 そして目に涙を溜める演技。


 すると、ウィリアム王子の表情が真顔になった。


 決まった!


 わたしはガッツポーズをする。


 するとウィリアム王子は泣きじゃくり始める。


 それは、王子としての威厳いげんは一切ない、年相応の少年の様に。


 しばらく泣きじゃくった後に、ウィリアム王子はわたしの胸に飛び込んできた。


「アイビスこそ俺の理想の恋人だ! 今すぐ結婚してくれ!」


 結婚?


 なんでそうなる?


「わたしたちはまだ未成年だし結婚は出来ません」


「そんなもん、俺が法律を変えればなんとでもなる!」


 えええー!


 自分の都合で法律を変えるとはまさに暴君。


 なんでもやり放題だわね。


「いや、ウィリアム王子。結婚するならせめて水晶学園を卒業してからにしましょう。入学前に結婚すると色々と面倒な事がありますし…………」


 結婚は真実の相手のマリベルと出会ってからの方がいいと思います。


 この年でいきなり離婚してバツイチにはなりたくないし。


「たしかにアイビスが学園に通っている間に身ごもったら学園を辞めないといけなくなるからな……。妃の学歴が無いのは世間体が問題になりそうだしな……」


 王子はしばらく考え込んだ後に答えが出たらしい。


「わかった、卒業したら即日結婚。約束だぞ!」


 こうしてわたしとの結婚に前向きなウィリアム王子に結婚式の日取り迄決められてしまいました。


 マリベル登場までこんな感じの日々が続くのかな……疲れるわね。

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