治癒魔法の訓練

「では、治癒魔法の訓練を始めましょう」


 そう言うとテーブルの対面に座ったクリスくんはわたしの手を取る。


 男の子と両手を繋ぐってもろ恋人の仕草よね。


 思わず心臓が高鳴る。


 ウィリアム王子に見つかったら浮気だと言われて絶対に怒られるやつだ。


 わたしがちょっとドキドキしてると、クリスくんはそんなことは全く考えていないみたいで淡々と説明を続ける。


「右手から魔力を流して身体の中を巡らせて左手へと流しますので、身体の中を流れる魔力を意識して下さい。身体が活性化しているのを感じとることが出来るはずです」


 クリスくんは手のひらを合わせて指を絡めてくる。


 男の子なのにちょっと手が温かいのが意外だわね。


 クリスくんはわたしの目を見つめる。


「僕の目から視線を外さずに見つめ続けてくださいね」


 クリスくんはそう言うんだけど……今してる手のつなぎ方って……。


 これまでの人生でも、前世でもしたことが無いけどわたしは知っている。


 これってリルティアの個別ルートで散々見た、恋人繋ぎじゃない!


 しかも瞳を見つめ合うのって初キッスイベントの……。


 あわわわわわ!


 わたしの顔が一瞬で真っ赤になって繋いでいる手が一気に汗ばむ。


「ク、クリスくん?」


「な、なんでしょうか?」


「治癒魔法を覚えるのって、こんなことをしないといけないの?」


「そうですね、これが一番手っ取り早い治癒魔法の覚え方です」


 確かに身体の中がぽかぽかと温かくなってすごく気持ちいいんだけど、これって魔力とかは関係ないよ。


 この手の繋ぎ方って恋人同士以外がしちゃいけないやつだ。


「でも、これって……こ、こ、こ、恋人同士がするやつじゃないの?」


「そうなんですか? じゃあ、僕たちも恋人同士になりましょうか?」


「えっ、えーーー?」


 わたしは更に顔を真っ赤にするけど、クリスくんは大笑い。


「冗談ですよ。アイビス様ってからかうと本気にして面白いなー」


 ケラケラと笑っていたけどわたしの背後に冗談じゃすまない人がいた。


 ウィリアム王子だ。


「ア、アイビス! 誰だこの男は! 浮気か?」


「ち、ち、違うの!」


 わたしは必死に弁解するけど、全く聞いてくれない。


 顔を真っ赤にしたウィリアム王子は激怒をしている。


 なんでわたしのお屋敷にウィリアム王子が来てるのよ……。


「アイビスの屋敷に張らせておいた監視役から『屋敷に若い男が入っていった』との情報を聞いたので王都から全力で駆けつけたら本当に浮気してるじゃないか!」


 とんでもない速度で駆けつけたのか、ウィリアム王子は心臓が止まりそうなぐらい呼吸が激しい。


「違うの! これは魔法の訓練なの」


「何が違うんだ! なにが訓練だ! 男を連れ込みやがった上に、この手のつなぎ方は俺がしたくてもなかなか言い出せなかった恋人繋ぎじゃないか!」


 誤解だわ!


 このままじゃ、水晶学園の断罪イベントを待たなくとも浮気でギロチン送りだわ。


 リルティアの学園生活が始まってもいないのに、こんなとこで死にたくない!


 全く弁解を聞いてくれないウィリアム王子には治癒魔法の訓練を実演するしかない。


 もし上手く治癒魔法の訓練を再現できなければ苦し紛れの言い訳にしかならずに、ウィリアム王子はわたしが浮気をしていたと決めつけるだろう。


 そうなれば待っているのはギロチンで死だ。


 こんなとこでそれも誤解で死ぬのだけは嫌!


 わたしはウィリアム王子の手を取り魔力を流しクリスくんとしていたことを必死に再現する。


「今やってるのは治癒魔法の訓練なの。ほら、こうやって手を組んで相手の身体に魔力を流すと……ねっ!」


 わたしがウィリアム王子の身体に魔力を流すと、あれほど怒っていた顔が急激に穏やかになって来る。


 今にも止まりそうなぐらい激しかった呼吸もいまや寝息の様に穏やかだ。


 うまく治癒魔法の魔力がウィリアム王子の身体を流れてくれたようだ。


「あったけぇ……。これが治癒魔法の魔力なのか、気持ちいい……」


「魔力が身体をめぐってるのがわかるでしょ?」


「ああ」


 あれほど怒っていたウィリアム王子は安らいだ顔をしている。


 治癒魔法の癒し効果って気分まで癒してくれるのね、凄いわね。


 クリスくんも感心している。


「アイビス様って僕が魔力を一瞬流しただけで、治癒魔法をマスターしてしまったんですか? 素晴らしい才能です」


 わたし、一瞬で治癒魔法を覚えてしまったらしい。


 人間、死ぬと覚悟すればなんでも覚えられると思ったアイビスであった。

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