悪役令嬢アイビス・コールディア

 乙女ゲーム『リルティア王国物語』が好き過ぎたわたしは駅の階段から転げ落ちて頭を打ってしまい、どうやら乙女ゲーム『リルティア王国物語』の世界に入り込んでしまったらしい。


 ただし生まれ変わったのは主人公の『マリエル・オービタル』ではなく、一番の嫌われキャラの悪役令嬢『アイビス・コールディア』としてだ。


 大好きなゲームの中に転生できたのは構わないと言うか、むしろご褒美。


 転生したこと自体は構わない、大歓迎だ。


 気に入らないのは転生先よ。


「よりにもよって、なんで悪役令嬢のアイビスになっているのよ……」


 わたしが生まれ変わってしまった悪役令嬢アイビス・コールディアと言えばリルティア王国物語の登場人物の中でも一番の嫌われキャラで飛び抜けて頭のおかしいキャラで有名だ。


 ことあるごとに主人公のマリエル・オービタルに嫌がらせをする。


 それはもう、執念さえ感じるほどに……。


 初めてマリエルに嫌がらせをしたのは入学式だ。


 入学試験で成績優秀だったマリエルを攻略対象の第一王子のウィリアムが閉会後の入学式会場で称えていると、アイビスが突然現れて仲を裂くかの如く二人の間に割り込んで来てマリエルを『田舎貴族』とののしるのが始まりだ。


 確かにマリエルは都会とは言えない領地の出身で、マリエルの屋敷の周りは畑しかないけど……。


 その屋敷も学園の下町にある宿屋に毛が生えたぐらいの大きさで屋敷と言うのはおこがましい物だったけど、初対面の主席入学の生徒に取る態度じゃないとヘイトを集め、ネットで散々叩かれていた。


 それからも嫌がらせは続き、オリエンテーションでは学生服を汚損させて参加させなくしたり、剣術大会では破損武器へのすり替えをして出場を辞退させたり、舞踏会ではドレスを切り裂いて参加させなかったりでやりたい放題だった。


『そこまで嫌うものなの?』


 と言うのがわたしたちプレイヤーの一致した感想だったわ。


 ぶっちゃけ、この『アイビス・コールディア』は主人公マリエルと攻略対象の好感度を上げるための噛ませ犬でしかない。


 どの攻略対象のルートに進んでも、攻略対象に退治されだけの存在で永遠の噛ませ犬でしかないのだ。


 攻略対象とラブラブになる個別ルートに入る2年生編に入るタイミングでアイビスがマリエルを学園から追放しようとするイベントが発生し、今までの悪行が祟って逆にアイビスの断罪イベントが始まるのよ。


 マリエルの事をしたった友人たちに取り囲まれアイビスは断罪され、同時にコールディア家の不正も発覚してお家取り潰しになると言うシナリオだわ。


 断罪の結果、炭鉱奴隷として追放される大商人の息子のビリーくんルートならまだいい方で、ウィリアム王子ルートだと断頭台で処刑され、第二王子のチャールズ王子ルートではその場で剣で刺し貫かれる。


 大司教候補のクリスルート、騎士団員候補のランスロットルート、大錬金術師のギルバートルートだとしても、どのルートでも攻略対象の不評を買い結果断罪され悲惨な未来しか待っていない。


 さすがにどのルートでも断罪されるほどのヘイトをためて嫌がらせをするのは雑過ぎるシナリオだとリルティマニアのわたしでも擁護できないけど、たぶん10年前のゲームだから容量や作業量の関係で悪役を一人しか登場させられなかったんだろう。


 折角大好きなリルティア王国物語の世界に生まれ変わったんだから、悪役令嬢のアイビスに生まれ変わったとしても断罪される未来だけはお断り!


 普通に穏やかな学園生活を送り、ゲーム後の世界でも普通の生活を送りたい。


 わたしはこのゲームの知識を生かして全力で断罪フラグをブチ折りアイビスわたしにとってのバットエンドを回避することに決めたのだった。


 *


「さあ、わたしが断罪されないように計画を立てるわよ!」


 わたしは自室のテーブルについて、今後の方針をノートに書き示す。


「まずはマリエルへの嫌がらせは禁止ね」


 ゲーム内ではどのシナリオに分岐しても断罪イベントでアイビスが退場することで、主人公目線でゲームをしていたわたしは爽快感を感じていたぐらい。


 でも、わたしがアイビスになったのだから、そんな間抜けなイベントは起こさせない。


 処刑されるのは嫌なのでマリエルに嫌がらせをするつもりは無いし、お家取り潰しの原因となった不正会計も水晶学園の入学までに正すつもりだ。


 むしろ、水晶学園に通わなければ攻略対象に断罪されることも無いのでは?


 うん、そう!


 グッド過ぎるアイデアだわ!


 断罪フラグが立つ以前に、フラグが立つ機会自体を避けてしまえばいい。


 『死亡フラグを根本から回避するわたし、天才じゃない?』と思ったんだけど……。


「水晶学院に通うのは上流貴族の義務です」


 アイはわたしにそう告げた。


 『リルティア王国物語』のセリフを暗記するほどプレイしたリルティマニアのわたしでもそんな設定は初耳なんですけど……。


「水晶学園での成績は次期領主として領地を継ぐ才覚があるのを見極めるのと、次男次女など領地の継承権を持たない者は学園での成績で騎士団や魔道研究所など国の中枢機関への採用試験も兼ねています。入学を辞退することは許されません」


 上流貴族にそんな設定があるなんて知らなかった。


 下流貴族のマリエルをプレイしてただけじゃ見えない設定もあったのね。


 メモメモ……と。


 これでわたしのリルティア力がちょびっと上がったと喜んでたんだけど、今はそんなことを喜んでる時じゃない。


 領主継承権のある一人娘じゃ入学辞退は出来ないじゃん!


 お父さん、なんでわたしだけしか子どもを作らなかったのよ?


 跡継ぎの男の子を産むまで子作り頑張ってくれなきゃ困るわよ!


 いや、入学まで時間があるんだから今からでも……間に合わなくはない。


 お父さんに頑張って男の子の跡継ぎを作ってもらおう!


 今から跡継ぎの弟を作るのはいいアイデアと思ったんだけどアイに却下された。


「奥様が去年亡くなられたばかりなので、喪明けから再婚相手を探して弟君おとうとぎみを作られるのですと時間的に無理があります」


「そうだね……」


 新しい跡継ぎを作って入学辞退するアイデアは諦めるしかないか。


「でも、このまま学園に通ったら、王子たちの不評をかって死刑になるわよ」


「なんでそうなるのかわかりませんが、大丈夫。アイが命を懸けて守りますから、そんなことには絶対にさせません!」


 アイにはまだ詳しいことを話していないので、学園に行くと死刑になる流れが理解出来無いようだけどアイは必死に慰めてくれる。


 アイ、優しい。


「入学まで3年もありるから、なんとかなるわ」


 わたしは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


 わたしは今13歳で、ゲームの舞台となる水晶学園の入学まであと3年もあるのだ。


 入学まで時間があるんだから魔法や剣の勉強をしたり、仲間を作ったりと、やれることは色々ある。


 わたしは後ろで立っていたアイの目を見ながら話し掛ける。


 まず最初に仲間にするのはアイだ。


「アイ、絶対にわたしを見捨てないでね」


 ゲームでは断罪イベントの直前にアイに愛想を尽かされて逃げられてしまい、いつも守ってくれるアイがいなかったことでアイビスわたしは断罪イベントを乗り越えることができなかった。


 でも、アイに愛想を尽かされるようなことをしなければ、アイはわたしの元を去らなかったかもしれない。


「お嬢様を見捨てるなんてこと、アイは絶対にしない!」


 アイの目には力強い光が込められていて、その言葉は嘘では無いようだ。


「アイ、ありがとう」


 感謝の気持ちでいっぱになって思わずアイを抱きしめるとアイもわたしを抱きしめてきた。


 ゲームではアイビス同様アイはムカつくキャラだったけど、目の前にいるアイは従順で可愛すぎる。


 アイは聞こえるか聞こえないかぐらいの小声で耳元でつぶやいた。


「アイの名前はアイビス様のアイから頂いたと、今は亡き奥様から聞いています。お名前を頂いたのですからアイはアイビス様を一生お守りする所存しょぞんです」


 なにそれ……。


 一途過ぎるよ、アイ。


 この話も初めて聞いたよ。


 アイがわたしの元から消え去らないことを願うように、わたしはアイをぎゅっと抱きしめるのであった。

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