アラサー女子、乙女ゲー世界の悪役令嬢に転生する。
かわち乃梵天丸
第一章
わたしが悪役令嬢になったわけ
令和5年11月10日に事件は起こった。
新型ゲーム機の薄型PSSの発売に合わせて発売された乙女ゲーの『リルティア王国物語R』。
この乙女ゲーはわたしが高校時代に大好きだったゲームで、携帯ゲーム機のスティックやボタンが潰れるほどやり込んだ『リルティア王国物語』のリメイクなの。
2Dグラフィックのゲームだった『リルティア王国物語』を最新の3D技術を用いて最新機種用に復刻させたゲームなんだ。
剣と魔法の国『リルティア』の政治の中枢を握る重鎮たちの後継者となる令息令嬢たちが国の最高学府である『水晶学園』で送る学園生活のストーリーで、貧乏下級貴族の令嬢である主人公『マリエル・オービタル』が自身の持つ才能と人柄に引き寄せられて仲の良くなった生徒たちと繰り広げる恋と青春の物語に胸ときめいたものよ。
勉強そっちのけでリルティアをやり込んだわたしのリアルな高校生活はしょっぱかったけど、リルティアでの学園生活は全ルートの分岐フラグを暗記するほどやり込んだもので充実しまくりだったわ。
10年ぶりのリメイク版の発売と聞いた瞬間、
4Kフルポリゴン化と新ルートがいくつか追加されるって聞いて
4Kフルポリゴンがなにかよくわからいけど、立ち絵イラストだけだったグラフィックがとんでもなく綺麗な3Dのキャラになって、まるで生きているようになめらかに動くらしいのよ。
おまけにシナリオライターが気になっていたストーリーにも手が入れられていて、新ルートの追加と共に誤字脱字の修正と説明不足に関しても手が入れられている改定版で完全版ともいえる作品なの。
*
そしてついに来た発売日!
わたしは会社を休んでリルティアを手に入れた。
30近い独身女が開店前からゲーム屋に並んでたので通行人のおじさんに白い目で見られたけど気にしない。
わたしのリルティア愛はそんな程度では屈しない!
早く家に帰ってリルティアをやりたい。
で、激レアの店舗限定特典付き特装版を手に入れて浮かれまくっていたわたしはとんでもないミスを犯した。
ゲームを買って帰る途中、家の最寄り駅の階段を大急ぎで降りて改札を目指していた。
目指していたんだけど……。
年甲斐も無く浮かれて階段を3段飛ばしで降りていると、不意に足元から抵抗がなくなった。
靴が宙を舞う。
――ズガガガガガ!
階段を転げ落ちるわたし。
階段を踏み外して盛大にずっこけたってわけ。
3段飛びで階段を飛び降りていた勢いはコケたぐらいじゃ止まらない。
背中を打ちながら階段を転げ落ち、そこら中ぶつけまくったみたいで身体中がズキズキする。
いたたたた……。
特に痛いのが頭で、どうやら頭の後ろを強打したみたい。
で、頭の後ろを触ってみるとぬるっとした感触がする。
手のひらを見て見ると手が真っ赤に……。
嘘でしょ?
めっちゃ血が出てるじゃん!
思ったよりも
これは入院コース確定かも……。
このゲームをやり込むために仕事を頑張って、1週間の計画年休取得を会社に認めてもらって、休暇をフルに使って新ルートを攻略する気満々だったのにパッケの中の香しい匂いも嗅がずに入院になるなんてそりゃないよ。
こんなケガぐらい唾でもつけとけばすぐ治るんだから、入院なんてする必要なんてない!
今のわたしにはゲームをすることが一番の薬よ。
駅員に見つかって救急車を呼ばれる前に今すぐこの場を立ち去らないと入院になっちゃう……!
でも、身体中がズキズキして立ち上がれない。
特に酷いのが足で、まったく動く気配がない。
お願いだから動けわたしの足。
打ち所が悪かったせいなのか、目の前が暗くなってきた。
こんなとこでのびてたらダメ!
今すぐ帰らないと!
病院に行くならせめてリルティアの新ルートをクリアしてからにしないと……!
こんなところで寝ている暇はないんだ。
立ち上がれ、わたし!
気合でどうにかなる!
でも身体の方は相変わらず、うんともすんとも動かない。
わたしの意志に反して薄れゆく意識の中、わたしの悲痛な心からの叫びが届いたのか普段の行いが良かったのかは分からないけれど、わたしは奇跡の復活を遂げた。
*
「いたたたたた!」
階段から転げ落ちて気を失いかけたわたしが意識を取り戻したのは青空の
あれ?
おかしいな。
さっきまで駅の構内に居て目の前には駅の天井の照明があったはずなのになんで青空の下?
階段を盛大に転げたところを誰かにスマホで撮られて面白映像として動画サイトにアップロードされないか心配しつつ起き上がる。
足は……動く!
これなら帰れる。
頭から血を流してるっぽいから通りすがりの人に白い目で見られそうだけど、今心配しなくちゃならない事はそんな事じゃない。
転んで投げ出した手提げ紙袋の中に入っていたドラマCDが壊れていないか……。
PSSとリルティアは壊れていても買い直せばいいけど、わざわざ店舗まで出向いて手に入れためっちゃレアな店舗特典のドラマCDにヒビが入って聞けなかったら、もう手に入れることが出来なくて泣くどころじゃすまない。
辺りを見回してもリルティアの特典ドラマCDは影も形も無い。
嘘でしょ?
どこに消えたのよ?
転んだ勢いでどこか遠くに吹っ飛んで行っちゃったの?
わたしが血相を変えてリルティアのドラマCDを探していると、背後からわたしと同じく血相を変えた声が掛かった。
「お、お嬢様! だ、大丈夫ですか?」
「お嬢様?」
振り返ると声の主は銀色の長髪で整った顔をしている10歳ちょっとのメイドのコスプレ少女だった。
わたしはその顔を見て驚きを隠せない。
なぜならその少女は、乙女ゲーム『リルティア王国物語』の中に出てきた、主人公の『マリエル』に何度も嫌がらせをしてくる悪役令嬢『アイビス・コールディア』の専属メイド『アイ』のコスプレをした若い女の子だったからだ。
アイと言えば、初登場シーンは水晶学園の散歩道で
そんなわけで、アイはアイビスに次いで嫌われキャラNo.2で不人気キャラランキングをぶっちぎりだったりする。
リルティマニア(※リルティア・ヲタ)だったわたしは攻略対象の趣味から好きなものはもちろんの事、サブキャラからイベントキャラ、果ては宿屋の受付のモブキャラの生年月日から好物まで全キャラのステータスと全イベントを把握済みだ。
そんな嫌われキャラのコスプレをするぐらいだから、少女の性格の悪さはお察し。
ちなみにアイとの出会いのシーンは回避不能のイベントで制服をダメにされると、その後に行われる学園のオリエンテーションイベントに参加できなくなる上に、貧乏なマリエルが制服の作り直しの費用を稼ぐためにアルバイトをしないといけなくなって面倒なのよね。
あのオリエンテーションに参加しないと、友だちを作りそびれてクラスの中で浮いた存在になって夏休みまで攻略対象と出会う切っ掛けがなくなるんだよなぁ。
そんなアイのコスプレをした少女がわたしに迫って来る。
「お嬢様!」
アラサーに入って数年経ったお姉ちゃんがお嬢様呼びされるのはちょっと恥ずかしいけどなんだか嬉しい。
アラサーのわたしをお嬢様なんて呼ぶのは今やホストぐらいしかいないよね?
生まれてこれまでホストクラブなんて行ったこと無いからホストのことは詳しく知らないけど、たぶんそう。
昔は会社の先輩の誰もがわたしのことを『ちゃん』付で呼んでくれたのに、今じゃここ何年も先輩も後輩も『さん』付け以外じゃ呼んでくれない。
きっとコスプレ少女はわたしをいい気分にさせて良からぬことを
わたしはこの状況を推理する。
彼女もリルティアのかなりコアなファンで、店舗限定特装版を予約できなかった彼女はわたしが限定版の入っているリルティア柄の紙バックを持ってるのを見て激レアなドラマCDを奪うために近づいて来た。
きっとそう。
ここは彼女がドラマCDを手にする前にわたしが先に見つけ出さないと!
奪われてたまるものか!
わたしは必死になってドラマCDを探すけど……なんかおかしい。
辺りは芝生の生えた丘に真っ白い綺麗な石の階段でどう見ても公園。
どう見ても駅の構内じゃない。
なんで公園の階段に居るの?
さっきまで使い込まれて薄汚れた駅の階段の上にいたよね?
でも今はそんなことはどうでもいい。
彼女よりドラマCDを先に見つけないと取られちゃう。
わたしがドラマCDを探そうとすると、コスプレ少女がわたしに先に行かれまいと腕を握りしめてきた。
うわっ!
腕をがっしりと掴まれたので身動きなんて取れやしない。
わたしの腕を握りしめる力は強く1ミリも動かないので思わず声が出た。
「離して! 離してよ!」
「お嬢様!!」
アイのコスプレをした少女はわたしよりもずっと若いのに気迫のこもった声でわたしを黙らせる。
ビビったわたしは小声しか出せない。
「ドラマCD……」
「頭をお怪我しましたよね?」
「大丈夫だから、手を放して!」
アイのコスプレをした少女の手を振りほどこうとしてもビクともしない。
姿かたちだけでなく、話し方までリルティアのアイの喋り方を完全にトレースしてるのがただ者じゃないと感じさせる。
「ダメです。お怪我をしてないのを確認するまで、アイはお嬢様を放しません」
そう言うと彼女はわたしの頭を念入りに調べ始めた。
すると直ぐに傷が見つかったようだ。
「やっぱりケガしてるじゃないですか。たんこぶが出来てる上に、少し切れてますよ」
そりゃ、階段から転げ落ちて頭を打ったからね……。
そんなことを考えているとコスプレ少女はなにかを唱え始め、頭の後ろが温かさに包まれる。
思わずわたしは聞いてしまった。
「なにをしているの」
「治癒魔法です」
「魔法?」
なに言ってるの、この子。
今は10歳ちょっとぐらいだから何とも思わないだろうけど、二十歳になる頃には痛々しい言動を思い出して恥ずかしさのあまり頭を抱えて布団に潜る羽目になるわよ。
経験者は語る……。
彼女は後頭部を見終わると顔や腕を調べ始めた。
「お顔に怪我はないですね……よかった。腕はちょっと怪我をしていますね」
キャラになりきっているのかゲームのリルティアの中のアイみたいに感情の籠っていない話し方をするけど、すごく心配しているのは伝わってくる。
この少女は敵じゃないの?
悪意を持って近づいて来たんじゃなく、わたしを心配して
それなのにわたしは他人を疑ってしまって……。
わたしは自己嫌悪で反省しまくった。
アイのコスプレをした少女はわたしの手を取ると、小声で
「大地の息吹よ、かの者を癒せ」
これってリルティアの
すると光が少女の指先からあふれてわたしの腕を包み込む。
するとわたしの腕から痛みと傷が消えた。
これって間違いなく治癒魔法。
魔法を
「これって……本物の魔法?」
「アイの魔法はまだ未熟なので本物の魔法とは言えないかもしれませんが、れっきとした治癒魔法。あとでちゃんとした治癒師に見て貰うことをお勧めします」
なんでコスプレ少女が魔法を使えるのよ……。
それになんでわたしを治療するのよ?
まさか……。
私の脳裏に嫌な予感がよぎる。
わたしはリルティアの世界に迷い込んでしまったの?
おまけに、わたしはリルティアの主人公の『マリエル・オービタル』になってしまったのでは?
嫌な予感がしまくる。
「ごめん、アイのコスプレをしている人。鏡を見せて!」
彼女に連れられて階段をのぼり丘の上にあるお屋敷に行き、わたしの自室と言われた豪華な部屋に入った。
そして、姿見に映しだされたわたしの姿は……金髪縦ロールの高飛車な顔で……歳は少女と同じぐらいに若返っている。
それは思いっきり見覚えのある顔だった。
「マジぃ?」
思わす声が裏返った。
どうやらわたしは『リルティア王国物語』の世界の中に迷い込んでしまったようだ。
おまけに主人公の『マリエル・オービタル』ではなく、アイといつも一緒に行動していたリルティアの中で一番の嫌われキャラの悪役令嬢『アイビス・コールディア』になっていたのだ。
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