第4話 ポンコツな監禁事件【4】
春道のスライディング土下座があまりにも芸術的だったので。
俺は仕方なく、
借りてきた猫みたいに大人しくなった直方さんと、居住まいを正して神妙な顔をするイケメンクソ野郎春道。あー、顔良すぎる……。メンズノンノやファインボーイズの表紙に載ってても違和感ねえよ。かっこいいな、死なねえかなこのイケメン……。
イケメンへの醜い羨望で怒りすら感じそうになったが、紳士の俺は努めて冷静に湯呑みに口をつけ、汚い感情ごと苦い茶を嚥下した。
ふう、さてと。
「……で、話ってなんだよ?」
俺が若干……じゃっかん身を乗り出して聞いたら、直方ブラザーズはどちらも怯えた表情を浮かべて椅子を引いた。ヤクザに詰められたみたいな反応すんなや。
ブラザーズは顔を見合わせ、やがて意を決したように直方さんがこちらを向いた。
「あ、あのですね……!」
「あ、直方さんには聞いてないです」
「ひどい!」
涙目になる直方さん。相変わらず可愛すぎるのだが、こいつはヤバいやつだ。騙されてはいけない。
「姉さん。……大丈夫、俺から説明するから」
ハルくぅん、と弟にしなだれかかる直方さんは、どうみても姉ではなかったし、完全に弟と立場が逆転している。
中学三年生で、176センチも身長があるからな春道。そりゃ大人っぽく見えるのは当然だ。しかし、それにしてもこの姉弟、あまりにも凸凹すぎるような気がする。……二人は本当に同じ遺伝子を継いでいるのか?
春道は、「今日はすみませんでした」と再び頭を下げると、本題に入った。
「もう気づいていると思いますが、今日先輩を呼び出したのは家庭教師をお願いしたかったわけではありませんでした」
「だろうな。で?」
「実は……姉さんが先輩にどうしても伝えたいことがあったようでして。俺が先輩と面識があることを知って、お願いしてきたんです」
「ほうほう」
適当な相槌で、続きを促す。
「それで来ていただいた次第なんですが……このアホな姉さんがとんでもないことを。ほんと、アホなうえ馬鹿ですみません」
そのアホな姉さんは、自分が弟からボロクソに言われていることに気づきもせず、頭を撫でられてご満悦の様子であった。姉じゃなくてこいつの子供なんじゃないか……。
俺は煎茶を飲み干し、溜息をついた。
「謝罪はもういいんだけどさ。直方さんの伝えたいことってなんなんだ?」
「姉さん」
春道は、アホな姉のほっぺたを突いた。
「え、なになになんですか? 私、喋っても大丈夫なんですか息をしていて大丈夫なんですよね?」
「大丈夫だから! ほら、伝えたいことがあるんでしょ? ちゃんと言わないと」
はじめて別の星に降り立つ人類みたいな心配をする直方さんに、春道はとりあわず行動を促す。なるほど、解説動画を見ているような慣れた行動だ。……さすが弟。姉の取り扱い方は熟知しているらしい。
直方さんは起き上がると、クセのある髪をしきりに撫で回し、ちらちらとこちらを見てきた。
なんだこいつイチイチ可愛すぎるだろ。
「これで犯罪行為さえしなければ……」
俺のつぶやきに、赤ベコを三倍速にしたかのような頷きをする春道。こいつも苦労しているんだろうな……。
「ふぇ、な、なんですか? どうしたんです二人して頷きあって」
「いいんだよ姉さん……。姉さんは心の準備をしていて」
その顔は菩薩のように慈愛に満ちていた。いや、諦めの境地なのか。
「え。う、うん……」
釈然としない様子だが、ふたたびこちらをみた直方さん。あ、顔を赤らめた。
「えとですね……。その……」
「……うん」
直方さんは深呼吸をして、言った。
「あの……か、カメラ目線の写真くださいっ! とりあえず千枚くらい! 一枚も持ってないので!」
春道が、直方さんの頭にチョップを叩き込んだ。
「い、痛いです~」
「何を言っとるかあ! このポンコツゆるふわメガネがあぁっ!」
「ポンコツゆるふわメガネェ!?」
あまりにも的確なあだ名をぶつけられ、直方さんはぎょっとしていた。
思わないようにしていたけど、たしかにこの人……めっちゃポンコツだよなあ。
「用件はそれだけなんだね。あいにく写真ってあまり持ってなくて、ごめんけど帰っていいかなー」
「わああ! すいません先輩! まだです待ってください!」
「いや、これ以上何があるの? 俺こう見えても忙しいんだけど」
赤井つむぎ先生の新作のチェックでな!
「お願いします! 姉さんが勇気さえ出してくれたら、あと数分で終わる話なので!」
「……」
勇気出すまでが時間かかるんじゃねえのか、と思ったが、さすがに口には出さなかった。
春道は、直方さんへと圧のある笑顔を向けた。
「いま言いたいことは写真じゃないでしょぉお? これじゃ相談にのった俺が馬鹿みたいじゃないか姉さぁん。先輩に監禁宣言したこととか、あれだけ部屋の写真を片付けておけと言ったのに片付けてなかったこととか、この際目を瞑るから、ちゃんと用件は伝えような?」
「は、はいです」
いやいやいや、当事者をさしおいて目を瞑るな。
「あのあの!」
直方さんが勢いよく言った。が、勢いはすぐに萎んでいく。
「……直方さん?」
「えと……ぎ、銀次さんは覚えてないかもですが。わ、私達中学三年生のとき同じ塾だったんです」
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