第47話本物の殺人者



 湿った鍾乳洞のようだダンジョンを突き破り、新たなダンジョンが発生する。鍾乳洞のようなダンジョンは、それが校舎を壊したときのように新たなダンジョンに破壊された。


 大きな揺れと共に天井や足場が崩れて、フブキは座り込みそうになる。洞窟の崩壊を恐れて天井を仰いでいたが、幸運なことに穴は開いたが怪我を負うほど崩壊にはいたらなかった。


 穴からは、青空が見えた。


 そして、その穴からダンジョンの外で救助活動をしていた人間と目が合う。


 救急隊員は、酷く驚いていた。


「メノウ……。やはり、ダンジョンコアの一部を隠し持っていたか」


 ダンジョンコアを飲み込んだメノウの姿はない。ピンク色の光に包まれたと思ったら、彼の姿が跡形もなく消えたのだ。


 フブキは、自分の甘さを怨んだ。


 ダンジョンコアを無断で所有しているかどうかを問い詰めたりすれば、今までの信頼関係が壊れるのではないかと考えて問題を先延ばしにしていた。それが仇になったのだ。


 フブキは、自身の魔力の効果が消えていることに気がつく。新たなダンジョンの力に鍾乳洞のようだったダンジョンの力が負けたせいで、ダンジョン外の法則に戻ったのかもしれない。あるいは、ダンジョンとダンジョンの力がぶつかり相殺でもされたのか。


 理屈も不明であれば、一時的なものなのかも不明である。そして、姿を消したメノウがどこに行ったのかも不明だ。


 それでも、コクヨウを捕らえるチャンスは今しかないと思った。


 フブキがトンファーと棒術を使用する理由は、それらがダンジョン外であっても使用可能な武器だからだ。これが剣ならば、なまくらになってしまう。


 しかし、トンファーや棍は違う。


 これはただの鈍器であり、ダンジョンの中でも外でも変わらないのだ。


「何で、こんなことをしたんだ」


 フブキはトンファーを棍に変えて、コクヨウに詰め寄った。ダンジョンの魔力の影響を受けていないコクヨウは、フブキと違って自慢の魔法も使えず無力である。


 これがメノウだったら、こうはいかないだろう。ダンジョン外の戦闘にもメノウは慣れており、その腕前はフブキと同列だ。


「両親が殺されたっていうのに、自分も人殺しになっていた弟が許せなかったんだ。だから。ダンジョンコアを飲ませてダンジョンにしてやろうと思ったが、まさか自分で飲んでくれるとは思わなかったよ」


 コクヨウは、ポケットからいくつものダンジョンコアを取り出した。あれをメノウに飲ませようとしていたのかと思えば、フブキの心の底から嫌悪感が沸き出てくる。


 逃げられないはずのコクヨウは、実に楽しそうに笑った。この場での勝者は自分だとばかりの顔である。


「ダンジョンコアを飲み込んだ人間は、レイドボスになる。レイドボスは人間が倒しても消滅はしないが、同じレイドボスが倒したらどうしたんだろうな。ダンジョン内で食物連鎖があるならば、殺されて餌になって終わるはずだ」


 これが、コクヨウの復讐の限界だったのだ。


 コクヨウは、自分が人を殺すわけには行かなかった。コクヨウは殺人犯を許さない側の人間であり、だからこそ殺人犯であっても殺すわけにはいかない。


 誰かに殺人犯を殺させる方法を取りたかったのだ。そして、殺される側の殺人犯も人間であってはいけない。メノウをダンジョンにしたかった理由は、コレである。


「メノウにダンジョンコアを飲ませてレイドボスにして、他のレイドボスに殺させるか……。この馬鹿野郎!!」


 フブキは、コクヨウに頭突きを喰らわせる。フブキの頭にも激痛が走ったが、そんなことはどうでも良かった。


「そんなの間接的に殺しているだけだ!しかも、メノウみたいに『どうしようもなかった』というわけでもない。あなたも立派な人殺しだ。いいえ、あなたこそが本物の人殺しなんだ」


 豊かな国で育つことが出来なかったことをメノウは悔やんでいたし、悲しんでいた。人を殺したことをしょうがない事だったと言って、生まれ育った国とは違う価値観の日本での日常に慣れようとしていた。


 だが、コクヨウは違う。


 自分の正義のために、他人を巻き込み、人を殺そうとしている。彼こそが、最悪の殺人鬼だ。


「お前には、両親を殺された記憶がないだろ!自分のせいで家族が滅茶苦茶になった経験なんて……」


 コクヨウは、虚しく笑った。


 その顔は、くやしいほどにメノウによく似ていた。


「そんな経験は、ありませんよ」


 フブキは、冷淡な声で答えた。


「あなたにも、他人を殺さなければ生きてはいけなかった経験はない。過酷な状況でメノウは生き残って、日本に戻ってくることが出来た。もう……それだけで良いではないですか。あなた方の両親は……生き残った兄弟が抱き合って再会することを願っていたはずです」


 コクヨウは拳を握りしめるが、反論はなかった。


「ウミさん。あなたは、どうしてコクヨウに協力したのですか?あなたは、善良な冒険者だったと思ったのに……」


 息を整えたウミは、自分の首に触れる。そこには、メノウの髪の痕がしっかりと残っていた。それをなぞって、ウミは自嘲する。


「幼馴染が狂っていくのをずっと見てたんだ。きつかったよ。俺だけが正気でいるっていうのは……。だから、もう終わりにしてやりたかったのさ。妹と彼女の友達を利用してな」


 フブキは、戦慄した。


 ウミは、自分の妹とその友人まで巻き込んでいたのである。


 レイドバトル階層にいるのは、イチズと同級生の少女である。その少女がウミの妹であるのだ。


「妹が危険にさらされるのに、コクヨウに協力をしたのですか!そんな信じられないことを……」


 驚くフブキに、ウミは首を振った。


「レイドボスは、恐れる者を形作る。あの少年が、スズの心を恐れる内は妹は安全だ。少年の愛は、全てはスズの心一つで決まるのだから」


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