第46話自信の喪失
「メノウ、止めるんだ!」
いつの間にか意識を取り戻したフブキが、後ろからメノウを抑えこんだ。その温もりと腕の力強さに、メノウは我にかえった。
目の前にいるウミがもだえ苦しんでおり、それが自分の髪がやっていることだと気がついてはっとする
髪を緩ませれば、ウミはげほげほと咳き込んだ。その様子を見ていたメノウの顔は、真っ青になっている。
無意識であった。
無意識に殺そうとしていた。
「フ……フブキさん。僕は、あの人を無意識に殺そうとして」
安全な日本では、人など殺さないと思っていた。
だというのに、無意識で人を殺そうとするなんて。
これでは、野獣ではないか。
コクヨウが言う通り、人殺しはいなくなるべきなのかもしれない。
「今のは、一対二だった。お前が命の危険を感じてもおかしくはない状況だ。故意にやったわけではない!」
フブキは、必死にメノウに声をかける。メノウの顔色は、それほどまでに青白い。自分というものを信じられなくなっていた。
「お前は、自分の正義のためだけに人の命を狙うような人間ではないはずだ。お前は、コクヨウとは違う。自分の正義のために、お前を殺そうとした人間とは違う!」
泉コクヨウは、出会った当初から泉メノウを拒絶した。それどころか立会人のフブキがいたにもかかわらず、メノウを殺そうとしたのだ。
その場はコクヨウが錯乱したという事で後日兄弟の面会は叶ったが、その時も同じ結果となったのだ。
コクヨウは、両親を殺したものと同じ罪を背負ったメノウを許さない。自らの正義感で、メノウを殺さなければならないと思い込んでいるのだ。
そうしてメノウを殺そうとしたコクヨウは、ダンジョン警察から危険人物として目されることになる。
「僕は……。僕には、殺すしか方法がなかったのに」
メノウの目から、涙が零れ落ちた。メノウが泣く光景を見るのは初めてのことで、フブキは戸惑ってしまう。地獄の中で育ったメノウにとっては、日本の全てが生ぬるい。だから、今まで涙することはなかった。涙する意味すらなかった。
「フブキさん……。僕のことを軽蔑したでしょう」
フブキは、メノウが一番恐れていることを知った。
自分が人を殺そうとしたことで、メノウはフブキに軽蔑されることを恐れているのだ。コクヨウのように、フブキがメノウを拒絶すると考えてしまっているのだ。
「僕には、もう無理です……。自分で自分を抑えられない獣ならば、それは死ぬことが似合っているということです」
メノウは、ポケットからピンク色の結晶を取り出した。ダンジョンコアである。掌に何個も輝くそれを見たフブキは、それを急いで奪おうとする。
メノウが、ダンジョンコアを持っていることには不思議には思わなかった。彼の単独行動は聞き及んでおり、ダンジョンコアを私的に所有している可能性はありえたからだ。
そして、それを使うとしたら方法は一つしかないと思っていた。
自殺のためである。
人を殺してまで生き残るというのが、メノウが育った国での正義だった。だが、人を殺した人間は殺されるべきであるというコクヨウの価値観に触れた。その価値観があまりに強固だったから、メノウの考えが変わり始めている可能性をフブキは恐れていたのだ。
「やめろ、メノウ!お前は悪くない。お前が育った環境が悪かっただけだ。普段から自分で、そう言っているだろう」
メノウは、フブキの手を振り払う。
「もうヤダ……!!本当は、人殺しの僕のことを兄さんみたいに軽蔑しているくせに。見下しているくせに。平和な国で生まれただけなのに偉そうにして——僕だって平和な国で育ちたかった!!人なんて殺したくなかった!!」
癇癪を起したメノウは泣きわめき、虚しく笑ってダンジョンコアを飲み込んだ。
「ここにはいたくない。でも、帰りたくもない……」
メノウの肉体はピンク色の光に包まれて、ダンジョンのなかにダンジョンが現れた。
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