第45話殺さなければ、生き残れない



 メノウは、コクヨウの爪を髪で防ぎながら隙を探していた。人には行動にはパターンがあり、それを探し出すことが隙をつく第一歩だ。しかし、コクヨウの動きは不規則で、逆にメノウを追い詰めていく。


 メノウとコクヨウにある年齢差は、経験の差にはならない。幼い頃から戦い続けてきたメノウの戦歴は、日本育ちの冒険者とは比べようがない。


 だからこそ、メノウが押されている理由は単純な実力差だ。コクヨウには、メノウ以上に才能に恵まれている。


 くやしい、とメノウは思った。


 日本で安全で育ったコクヨウの方が、才能に恵まれているだなんて。まるで、生まれながらに負けているようではないか。


「Let's get this thing stopped!(さっさと止めを刺しやがれ!)」


 メノウは煽るが、コクヨウは答えない。


 冷静なまでに、確実にメノウを追い詰める。フブキは痛みをこらえた顔をしながらも二人の戦いに参加しようとするが、それをコクヨウは許さなかった。もはや爪すら使わず、強化された筋力だけでフブキを殴り飛ばす。食べに再び叩きつけられたフブキに、メノウは駆け寄った。


「フブキさん、フブキさん!!」


 殴り飛ばされた際に頭を打ったのだろう。フブキは意識を失っており、黒縁の眼鏡がずり下がっていた。モンスターの強さを見極める眼鏡だったが、人間相手では意味がない。メノウは、この眼鏡が使えないことが口惜しくて仕方がなかった。


 いいや、眼鏡が使えたところで結果は変わらないであろう。どれだけコクヨウが強くともメノウは立ち向かったし、コクヨウはメノウを逃さなかった。つまり、運命は変わらない。


 くやしい。


 くやしい。


「うぁぁぁ!」


 メノウの獣のような悲鳴が、ダンジョンに響き渡った。傍から見れば気が狂ったように見えただろうが、これはメノウが出来るほぼ最後のあがきだ。


 大声を出し、その声が仲間たちに聞こえれば応援が来る。応援が来れば、フブキだけでも助かるかもしれない。


 ただし、これには一つの問題がある。


 この叫びが、助けを求めるものだとはコクヨウに気がつかれてはならない。気づかれたら、コクヨウに逃げられるかもしれないからだ。


 だから、破れかぶれになったフリをするしかないのだ。


 メノウの袖のから、再び蛇が出現する。その蛇を愚直にコクヨウにまで進み、彼を飲み込もうとして大口を開けた。自暴自棄になったと思わせるために、その動きには作戦などないような単調なものだった。


 避けられると思ったのに、コクヨウは動くことはなかった。


 代わりに、別の人物がメノウの蛇を剣で切り裂いた。剣をかまえていた男には、メノウは見覚えがある。かつてのレイドバトルで協力しあったウミであった。


 経験豊富そうな口ぶりのウミだったが、メノウのなかで彼の記憶は薄い。実力は並み程度で、どちらかと言えば機転を利かせて戦うタイプなのだろう。レイドバトルでも誰よりも早く冒険者たちをまとめていた。


 ウミがここにいる理由は分からないが、メノウはウミのことを敵だと思った。自分の攻撃を防いだのだから敵だという単純な理由で、それこそが実戦では役にたつ。


 ウミが参戦した理由など、メノウにはどうでもいいのである。


 だが、その単純な思考こそが実戦では役に立つ。倒すべき敵が、一人から二人に増えたという単純な思考。それ以外のことは頭から追いやって、全力で目の前の戦いに集中する。



 メノウはウミに狙いを定めて、攻撃を開始する。いくら凡庸でしかない冒険者とはいえ、コクヨウと組まれてしまえば厄介だ。仲間が来るまでコクヨウを足止めするためにも、まずはウミを無力化するのは最適解だとメノウは判断した。


 だが、コクヨウも黙っていない。


 ウミに狙いを定めれば、コクヨウが向かってくる。そして、その強烈なほどに重い拳で殴るのだ。髪で拳は防いでいるが、一撃の攻撃が重すぎる。髪はともかく、このままでは受けるメノウの肉体が持たない。


 このままでは倒される。


 倒されればどうなるのか。


 答えは。簡単だ。


 ――死ぬのである。


 ――死にたくなんてない。


 メノウの記憶が、脳内でぐしゃぐしゃになっていく。今と過去がシャッフルされて、自分がどこにいるかも分からなくなった。


 そのなかで、一つだけ確かなことがあった。


 ――死にたくない。


 生物として当たり前の感情が、メノウの身体を無意識に突き動かす。生きるためには、殺さなければならない。何故ならば、相手が自分を殺そうとしているのだ。





 殺さなければ、生き残れない。




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