第40話ダンジョン地図の変遷



 子供の成長を促すには、子供を変えるということではない。子供の周囲の環境を変えるという事だ。


 教師時代にカスミは、それを強く実感した。そして、ユウダチが見事に体現してくれた。本人が調子に乗ったらいけないので言わないが、彼は教師時代の誇りの一つだ。


「私も若くはないからね。……あなたの状況を変えてやる、だなんて言えないわ。昔は言えたんだけどね」


 カスミは、苦笑いした。


 日本には、企業ごとに違うダンジョンの地図を出していた時代があった。


 安くて間違いだらけの地図を手に取って大怪我を負ったり死んでしまう若者の数を減らしたいと思ったカスミは、企業相手に大立ち回りをやらかしたことがある。


 一つの産業を消すことがどういうことなのか分かっているのか、と自分より年上の社長たちに怒鳴られたことは何度もあった。勤め先の学校や実家に嫌がらせをされたことさえある。


 借りていたアパートのドアに「あばずれ」とスプレーで落書きされたときは大爆笑した。金は良い歳をした人間を子供に戻すのだと知って、可笑しくてたまらなかったのである。


 子供が愚かだとは言わないが、経験は足りない。だから、大人が手を貸さなければならない。


 このとき、カスミは自分を大人だと自覚していた。地図のせいで教え子を失った大人だったからこそ、同じことを繰り返さないためにも地図の質を均一化したかったのだ。そして、地図のせいで大事な人間をなくす悲劇を繰り返させたくはなかった。


 カスミに嫌がらせをしている人間だって、いざとなったら地図を憎むだろう。地図に関わる全ての人々を怨むはずだ。そんな人間を一人でも減らしたい大人だからこそ、カスミは動いている。


 カスミは立ち止まらなかった。


 同じような仲間を集めて、団体を立ち上げて、自分は矢面に立った。体育会系の声を大きな高校教師。ついでにいうなら、現役の冒険者。


 そんな肩書は、旗頭にもなるにも役に立った。地図をめぐる動きは大きくなっていったが、その中心部にいたのはいつもカスミだった。いいや、そのようにカスミが思わせていたのだ。


 おかげで、地図に関する運動でカスミ以外が活躍したという記憶は人々のなかでは薄い。地図の騒動の現況も原因も被害も恨みも、全てをカスミが掻っ攫っていったのである。


 ダンジョンの地図は政府で作られるようになったが、その代わりに勤め先の学校に届く脅しの手紙が過激化していく。誰に怨まれているかも分からないカスミが学校にいるのは危険すぎると校長が判断し、カスミは学校を辞めてくれと頭を下げられた。


 カスミとしては今まで勤務できたことのほうが奇跡だと思っていたので、思うところはなかった。


 それどころか、今まで校長はかなりカスミのことを影で庇ってくれていたのだろう。それをありがたいと思えども、怨んだりする気持ちはない。もしかしたら、校長も地図が原因で身内を亡くした一人だったのだろうかとは思ったが。


 そして、カスミは冒険者として本腰を据えることにしたのだ。


 高校教師は楽しかったし、遣り甲斐もあった。けれども、辞める原因になったダンジョンの地図についても後悔はしていない。値段によって地図の良し悪しが変わるなどあってはならないと思ったし、それに子供が振り回されるのはもっと駄目だと考えた。


 カスミは大人で、子供の安全な居場所を作らなければならない。あのときのカスミは、そう思ったのだ。


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