第39話単独行動の弊害


「たっ……たすかった」


 モンスターに襲われていた男子高校生を助けたメノウは、思いもよらない悩みを抱えてしまった。


 ダンジョンに入ってから、すでに五人の生徒たちを発見保護している。このまま進みたいところだが、保護した生徒たちに自分たちだけで帰ってくれとはさすがに言えなかった。


 勇気を出して入口に行ってもらったところで、メノウが離れた途端にモンスターに襲われるのが関の山だろう。


 ダンジョンに囚われていた生徒は魔力を持っているが、全員が冒険者というわけではない。冒険者であっても武器がなければどうにもならない状態である。


 しかも、悩むことが出来る時間も少なかった。寒さが生徒たちの体力を奪っており、このままでは動けなくなる人間も出てくるかもしれない。そうなれば、ダンジョンから出ることがより一層むずかしくなる。


「一人で来たのが不味いってことは分かりました。こういう場合があるからこそ、仲間が必要ですね」


 どうしようと呟きながらも、メノウは後ろに一歩踏み出す。振り向きざまに、尖らせた髪を気配のした方向に突きだした。


「……危ないだろうが」


 そこにいたのは、フブキだった。


 髪で出来た針は、フブキを貫きはしなかった。だが、代わりに彼の後ろにいるユウダチの頬はかすっていた。彼の隣にいたカスミは、笑いをこらえている。


「お前……絶対にわざとだろ。わざとなんだな!フブキの奴は避けて、なんで俺はかするんだよ!!いや、当てようとか考えてなかったよな」


 ユウダチは涙目で、メノウに詰め寄った。尖った髪がかすったのが、よっぽど怖かったのであろう。


「あきらめろ、ユウダチ。これが信頼の差だ」


 フブキは、どこか得意げである。滅多に口には出さないが、フブキはメノウを気に入っているのだ。そうでなければ料理が好きだといっても、同居人のためにキャラ弁を作ったりはしないであろう。


 だからこそ、メノウの信頼も仲間内のなかではフブキに傾いている。メノウの兄貴分になりたいユウダチには、それが面白くないのだ。


 その不満は、メノウにフブキの悪口を吹き込むという憂さ晴らしに繋がっている。その度にフブキにバレて、折檻されているという何とも残念な男。それが、ユウダチなのである。


「皆さん。上司の人が良いよって言ったんですね」


 メノウは、ほっとしていた。


 ダンジョン警察の上層部は、隊員の投入を正式に決定したらしい。目の前にはフブキとユウダチ、カスミと言ったいつもの面々しかいないが、他のダンジョン警察官たちも続々と到着するであろう。


 本当に心強いばかりだ。


 ダンジョンを一人で攻略することは出来ても、救助は一人ではできないのだと思い知ったばかりだったから尚更である。


「すでに他のダンジョン警官たちが、救助活動に入っている。俺とメノウは、このまま先に進んで要救助者の場所を確認する。ユウダチとカスミは、ここにいる学生たちをダンジョンの入口まで連れて行ってくれ。ユウダチは重いものを持つのは得意だろうしな」


 フブキは、ユウダチとカスミに指示をだす。ユウダチの命令にのみ、フブキは揶揄いの意味を持たせてはいた。


 この間のエロ眼鏡の仕返しだと思われる。ユウダチは「根に持ちすぎだろ」とぶつぶつと呟いていた。


 その間にも、カスミはメノウが救助した生徒たちの健康状態を確かめる。スカートをたくし上げてまで短くしている生徒には「危ないからできるだけ長くして」と注意していた。踵を潰して履いている靴も同じように注意して、ダンジョンのなかを少しでも安全に歩けるようにするための準備を整えさせる。


 元教師という肩書からか、高校生を相手にさせると教育者の面影がちらほらと見える。生徒たちはカスミに指示に従って、急いで自分たちの身支度を整えていた。



「メノウ、ちょっと来て」


 生徒たちが準備を整える短い間に、カスミはメノウを呼び寄せる。


 湿ったダンジョンのなかを歩き回ったせいで、メノウは綺麗だとは言えないような格好だ。


 服はじっとりと湿っていて、ズボンは泥はねで汚れている。けれどもメノウが近づけば、カスミはぎゅっと彼を抱きしめた。自分の汚れが移るかもしれないという気遣いは全くなく、それ故に彼女の本心がここにはあったのだ。


「無茶はしないのっ!私たちは、心配したんだから。あなたが無茶をするのは、大人が信用できないからだっては分かっている。でも、無茶する前に三十分は待ちなさい。そうすれば、誰かが別のアイデアを思いつくかもしれない。助けてくれる人が駆けつけるかもしれない。状況が変わるかもしれない……」


 カスミの真剣な顔を見つめるメノウだったが、頷くことは出来なかった。


 今回は救助には人手が必要だと感じたから反省したが、一人でも大丈夫だと判断したら行動するのが当たり前だというのはメノウの考えである。


 そんなメノウの思考回路が読めたらしく、大仰なほどに大きなため息をカスミはついてみせた。


 そして、小さな子供にするかのようにメノウの頭をぽんぽんと叩く。その顔は優しげで、ユウダチが「やっぱり、孫には甘いタイプだ」とひそひそと呟いていた。


 カスミは、メノウの一人で暴走しがちな癖を問題視している。それは、規律を乱すという観点からではない。


 メノウが実力を持っていて、なおかつ周囲を信頼していないせいだと考えているのだ。育った環境から、メノウは周囲の大人を手放しで信用できないのではないかとカスミは考えてしまうのだ。


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