第38話単独行動
「フブキさん、行ってきます。これは行くが吉です」
メノウは、フブキが止めるより前に走り出してしまった。
「追いかけてこないでください!!」
大人しく行かせるわけにはいかない。そう考えたフブキは、メノウの肩を掴まえようとした。
「――このばっ!」
フブキが言う前に、メノウは彼に背負い投げをかける。後ろから肩を掴んだはずだった、気がつけばメノウと向き合っていた。そして、フブキは自分が走る勢いを利用されて投げ飛ばされてしまったのである。
フブキが背中を強か打った痛みに顔を歪めながらも顔を上げたときには、メノウはダンジョンに向かって走っていた。その背中に向かって、フブキは叫び声をあげる。
「馬鹿!堂々と命令違反をするなぁ!!」
ダンジョン警察は、基本的に単独行動は許されずパーティを組むのが鉄則である。単独でも問題のない手練れ揃いだが、それだけダンジョンという場所が油断ならないのである。
救助ともなれば、自分と要救助者の相手の身を守る必要が出てくるので危険度は跳ねあがるのだ。
その鉄則は、メノウだって知っている。
それでも、メノウはイチズを助けたかった。レイドバトル階層に行くには運に大きく左右されるが、まずはダンジョンに入らなければどうにもならない。だからこそ、危険と分かっていてもダンジョンに向かうのである。
校門から学校に入り、壊れてしまった校舎のなかを少しずつ進んでダンジョンの入口を確認する。ダンジョンの入口は、洞窟の入口のようになっていた。
人がダンジョンになったというのならば、第一階層から強いモンスターが出現するはずである。久しぶりに手ごたえのある相手と対峙できる予感に、メノウは舌なめずりをした。
「It's been a while since I've had a tasty catch.(久々に美味そうな獲物だ)」
日本に来てから、実のところ物足りなさがあった。冒険者もダンジョンも生ぬるいのだ。
育った国のような卑しさと殺意をダンジョンの内部から感じて、メノウの気分は高揚していく。イチズを助けたいという気持ちは、もちろん一番にある。だが、それと同じぐらいに興奮があるのだ。
メノウは、ダンジョンのなかに足を踏み入れる。
ダンジョンの外と内の世界が、はっきりと分かれた感覚。夏の世界から、一歩だけ進んで冬の世界に入り込んだようである。
このダンジョンの内部は、随分と湿度が高い。足元を見れば岩肌が湿っており、ただの洞窟というよりは鍾乳洞のような雰囲気だ。ひんやりとした空気も、それの印象を強める。
「Külm. Ei oleks naljakas, kui päästjad oleksid surnuks külmunud.(寒いな。救助者が凍死してたら笑えない)」
魔力で体力の増加は可能であるが、気温ばかりはどうにもならない。良くも悪くもダンジョン内の温度は一定であり、各々のダンジョンの気候に合わせた服選びは必須だ。それを怠ると熱中症や凍傷になってしまう。
防具を着ているメノウが寒いと感じているならば、制服の生徒たちはさらに寒い思いをしているであろう。
「んっ?洞窟内なのに影が濃い……」
はっとしたメノウは、後ろに跳び上がった。
影の中から延びてきた細い手が、逃げきれなかったメノウの足を掴む。メノウは湿った地面に転がり、伸びきたもう片方の手がメノウの首に伸びた。
その手の動きを止めたのは、メノウの髪である。
髪と手の影の力は拮抗していたが、二房に分けられた髪は別行動が可能だ。故に、もう片方のメノウの髪は首を絞めようとする手を刈り取った。そして、次の瞬間には足を抑えていた手すらも切り裂く。
「……ちょっと油断したか。今から本気を出すからな。Preparatevi.(覚悟していろよ)」
メノウの髪が四方に広がって、敵がどこからきても対応ができる形状となる。次の瞬間には、後ろから接近してきた巨大な鼠の額を髪が貫いていた。
「前からもかっ!」
前方を指さし、その方向に入れ墨の蛇が姿を現す。メノウの袖に尻尾を隠した巨大な蛇は、口をあんぐりと開けて巨大なカマキリのモンスターを飲み込んだ。
「急がないといけないか。ちょっと危ないと思いますけど強引突破ですね」
本人は強行突破と言いたかったのだろうが、それを指摘する人間は残念ながらいなかった。
メノウは髪で前を守るようにクロスをつくり、背後を蛇に守らせた。一匹一匹を倒していれば、寒さで体力を奪われるだけである。ならば、多少無茶でも守りを固めて先に進めばいいという考えだ。
「といっても、レイドバトル階層まで行けるかな。人が変化したダンジョンは分かっていないことが多くて……。他の生徒たちがレイドバトル階層に落ちていないから、他のダンジョンとは別の法則が働いているとは思うんだけど」
自分は、イチズを助けられるのか。
イチズの胸には、不安の暗雲を立ち込めていた。
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