第36話似ているあなたに命をかける
今の自分を見たら、サイロはどう思うのだろうか。生まれ育った国を出たことで、メノウは丸くなってしまったと思うだろうか。
いいや、違う。
日本という国は、丸くならなければ生きてはいけない国だった。司法が機能している国では、無法者は長生きできない。
秩序に入りこまなければ、あっと言う間に殺されてしまうのだ。生き残らなければならないから、メノウは丸くなったにすぎない。
サイロだったら、これを理解してくれたであろう。
誰よりもメノウが日本で生きることを望んでいたのだ。むしろ、今のまま無難に生き続けると命令したかもしれない。
実兄のコクヨウに存在を否定されるようなことを言われても無視を決め込んできたのは、サイロの存在あってこそだ。彼の望みを叶えることが、今のメノウの心の支えでもある。
そうでなければ、言語さえも不自由な国で生活など出来やしなかった。
他人によく思われないことなど、なんてことはない。敵がいるのは当たり前で、敵に殺意を持たれるのだって当たり前だった。
肝心なことは、殺意を持っている動向は把握していることだ。こちらに牙を向けてくるのならば、容赦なく叩き潰さなければならない。これが、組織の幹部であったサイロから学んだこと。
自分の身や他者の身を守る必要なのは、必要以上の強さではない。必要以上の警戒心である。それをなくした時に、獅子は鼠に噛まれるだろう。そして、獅子は鼠がもたらす病で死ぬ。
イチズの最初の動画でコクヨウが映っていたのを見て、彼の企みが他者を巻き込むものだと知った。コクヨウは、間違いなくダンジョンコアの存在を知っている。そして、それを使おうとしている。
だから、動かなければならないと思ったのだ。
これはメノウ個人の考えではなく、ダンジョン警察としての考えからだった。冒険者が安全にダンジョンを潜ることが出来る場を整えるのが、ダンジョン警察の仕事である。だから、コクヨウを捕らえたかったのである。
イチズの動画に乗っかって、宣戦布告でおびき出そうとはしたのだ。だが、それは残念ながら失敗してしまった。
イチズという人は、メノウの宣戦布告で自分がまきこまれることを恐れたのだろう。彼女もまた警戒心を持った人間だった。
「やっぱり……すごい人だ」
メノウは、にやりと笑った。
イチズは魔力の回復に特化した魔法使いであり、他者を傷つけるという発動条件を恐れて自身の能力を黙っていた。賢い人だった。イチズの能力は他人を癒しもするし、傷つけもする。多様で出来ない魔法である。
サイロを同じ魔法を持っていた。
だから、メノウがイチズに刺された時に感じたものは喜びなのだ。あの時ほど、サイロを近くに感じたことはなかった。
「あなたが、同じ場所に立ってくれれば僕は喜んで——あなたを守ってあげるのに」
それこそ、命をかけて。
命を盾にしてまで。
サイロは自分を見下すぐらいメノウに幸せになれと言ったけれど、そんなことは出来るはずもない。
サイロは自分を愛してくれた人なのだ。そんな人を見下すなんて出来るはずもないだろう。メノウに出来ることは、偽物に全てを捧げることぐらいだ。
イチズは——あつらえ向きの偽物であった。
だというのに、今のメノウはイチズさえも失えそうになっていた。
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