第34話命綱の配信


「スズさんは、武器とか持っているわけないよね。私も武器の代わりになりそうなのは、文房具しか……」


 シャープペンを突き立てれば勝てる相手が、レイドボスのはずがない。それでも武器らしい武器がない今では、シャープペンだってないよりはマシである。


 シャープペンと三角定規を構えようとしたイチズは、カバンの中に役に立ちそうなものが入っていたことを思い出した。買いなおした高級品故に軽くて嵩張らないので、うっかり忘れてしまっていたのだ。


「……カメラ。そうだ、ここで実況すれば、助けを呼べるかも」


 イチズは祈るような気持ちで、カメラのスイッチを入れた。カメラは問題なく起動して、ネットにも無事に繋がる。


「やった。みんな、見てる!!お願い、誰か来て!!」


 イチズは祈るような気持ちで、カメラの前で叫んだ。配信者あるまじき姿であろうが、今はそんなことにかまってはいられない。なにせ、この配信がダンジョンの外と繋がる唯一の手立てなのだ。


『ゲリラ配信かな?』


 最初の書き込みがなされたとき、イチズとスズは思わず安堵の笑みを浮かべてしまった。自分たちの配信が誰かに見られているということが、これほどうれしく感じられたことはない。


『学生は放課後っていうシステムがあるからな』

『社会人は、まだ会社だけどな。俺は休日だけど』

『俺は大学生』

『俺っちも自宅警備員だもん』


 なにも知らない視聴者たちが、何気ない雑談を始めていた。彼らには、イチズとスズの危機は伝わっていないようだ。


「お願い。ダンジョン警察に知らせてください。突然現れたダンジョンに取り込まれたみたいで……今はレイドバトル階層にいるの。私たち、二人だけで閉じ込められてる!!」


 イチズの突然の告白に、一瞬だけコメントの流れが止まった。


『いや、嘘でしょ』

『突然、ダンジョンの発生に巻き込まれたなんて冗談でも悪質だよ』

『釣りにしても悪質だよね』

『ストップ。俺の地元で、ダンジョンが発生したって速報が流れてる。しかも、発生場所は高校……。イッチたちの制服の学校だよ。特進コースの偏差値が高くて、地元だと有名校だから制服ですぐに分かった』


 視聴者のなかに同郷の人間がいたらしい。


 しばらく経つと他の地方でのニュースが流れたらしく『マジかよ……』『釣りとかいってごめん』『大丈夫なのか?』といった同情的なコメントが流れるようになった。


「同級生の男子と喋っていたら、空き教室がレイドバトル階層に落ちるみたいに変質して……。一緒にいた友達はここにいないから、魔力がある人間しか、ダンジョンには取り込まれていないのかも」


 視聴者たちは、イチズの背後にいたスズを見つけたらしい。彼女についてのコメントで溢れかえった。


『すごい美人。まさに大和撫子ってやつ』

『あの子も冒険者なのかな?って、イッチちゃんもあの子も丸腰じゃん』

『ダンジョンがいきなり発生したんだろ。武器なんて持っているかよ』

『二人でレイドバトル階層だなんて、絶望的』

『てか、ペンと定規って武器のつもりだったの……もしかして』


 視聴者にもイチズたちの危機的状況が、段々と伝わってきたようだ。すでにダンジョン警察に連絡をとってはもらったようだが、実態を知ってもらえると言うのはありがたいことである。


「……そうだ。ヒビナは、どこにいったの?」


 イチズは、ヒビナの存在を探す。


 落ちていた時にすらいなかった彼だったので、レイドバトル階層にいなくとも説明がつく。


 だが、彼がピンク色の結晶を飲んでからダンジョンが発生したのだ。ヒビナが何かを知っているのは明白であり、イチズは問い詰めてでも理屈を聞きたかった。


『ヒビナって、喋ってた男子?』

『新規は知らないかもしれないけど、イッチちゃんの元カレ。今は別のチャンネルで頑張っている男の子だよ』


 イチズは、はっとした。


 ヒビナの身体から、ピンク色の光が発せられたのだ。それはまるで結晶が、ヒビナの身体を作り変えてしまっているかのような光景でもあった気がした。


「まさか……。ここは、ヒビナの身体のなかってことはないわよね」


 イチズの言葉に、視聴者たちは呆れかえる。


『どうしてそんな考えになるんだよ』

『元カレの体の中にいるって、キモイ』

『混乱しているんだって、大目に見てやれよ』


 視聴者たちは、ヒビナの身体がピンク色に光ったことを誰も知らないのだ。このような反応になるのは至極当然である。


「ヒビナがピンク色の結晶を飲んだの。少しは吐かせたんだけど……何個かは飲み込んで、それで」


「危ない!!」


 スズの声が響き、イチズは地面に押し倒された。


 何があったのかと周囲を確認すれば、そこにはマネキンのような無表情のスズの人形が山のように出現していた。本人の身長と同じモノもいれば、掌サイズのスズ、三メートルを超すようなスズもいる。


『なに、この嬉しくない美少女軍団!』

『表情がないのが怖い!』

『これがレイドボスなのか……?』


 何にもならないと分かりながら、イチズはシャープペンシルを構えた。戦闘すら初めてのスズの震える手を握り、こちらに向かって拳を振りかざしてくる偽物のスズの攻撃をなんとかやり過ごす。


「攻撃の手段は、すごく単調。避けられるけど……数が」


 偽物のスズたちの攻撃は、決して強くはない。動きも単調で、イチズでも無理なく避けることが出来た。しかし、その数が問題である。イチズたちが攻撃できないために、偽物のスズは増える一方なのだ。


「数でごり押してくるタイプのボスなんだろうけど……」


 どこかに本体がいて、それが他のスズを操っているというのが一番考えられる仕組みだろう。しかし、それも攻撃できなければ本体を探したところで意味がない。


『この間のガマガエルよりは楽そうだけど……』

『このタイプを甘く見るなよ。作戦を間違えると永久に増え続けるぞ。そのうち、圧死する可能性だってある』

『攻撃力が低いなら、耐久が高いだろうからな。一体倒すのだって時間がかかるかもしれないっていうのに……』


 見た目がスズであろうとも、レイドボスなのである。


 視聴者たちが心配する通り、その強さは折り紙付きだ。隙をついてイチズはシャープペンを突き刺してみたが、ダメージは全くなかった。スズも鞄を振り回して応戦しているが、そんなものではダメージを与えられない。


『ダンジョン警察の奴ら、間に合うのかよ』

『おいおい、増えすぎだろ。これって、本当に無尽蔵に増えるのよ。イッチちゃんが、本当に圧死する。アッシちゃんになる!』


 コメントもイチズたちも混乱する中で、突如として偽物のスズたちの動きが止まった。数も増えなくなり、一体どうしたものかとイチズたちは不信がる。


「イチズには、俺の恋を邪魔した責任をとってもらう。そして、スズに改めて俺の想いを見せつける。そのつもりだった……」


 ヒビナの声が響いたとも思った瞬間に、彼の身体が床から飛び出す。その光景に視聴者もスズも悲鳴を上げたが、イチズだけは不思議と驚くことが出来なかった。自分のバカな想像が当たったのだと分かったからだ。


 ヒビナは、ダンジョンになってしまったのである。


「どうして、俺を助けようとしたんだよ。……イチズ」



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