第31話妄想デート



「このようなことがあったんだけど……菓子折り持って謝りに行くべきだと思う?」


 イチズに尋ねられたスズは、深く考え込んだ。


 とても難しく、同時にどうでもいい相談であった。しかし、兄の恩人の頼みならば聞かないわけにはいかない。スズは、懸命に優秀な頭脳を無駄遣いして悩んでいた。


 こんなことになったのは理由がある。


 イチズとヨルに空き教室に連れてこられたと思ったら、予想外の相談を持ち掛けられたのだ。


 相談内容というのは、知り合いの中学生のいかがわしい動画を作ったら他人が勝手にネットにアップしてしまったという内容である。


 とりあえず、スズは件の動画を見せてもらうことにした。このような話の流れになると分かっていたからこそ、イチズとヨルは空き教室にスズを連れて来たのだろう。放課後という時間帯もあって廊下には人もおらず、秘密を共有するにはピッタリだった。


 すべてを見終えたスズは、押し黙った。


 そして、熟考する。判断が難しい問題であった。見てしまった動画は、まさに『いかがわしい』という言葉がぴったりだった。


「法律で罰せられることはないと思うけど……。謝った方がいいと思います」


 内容はともかく、自分たちの手の届かないところで画像が流出したのだ。一言謝るべきだろう。


「やっぱり、そうだよね。いくらぐらいの御菓子を持っていけばいいんだろう?」


 イチズは、そう言って思い悩む。


 メノウは気にもしないだろうが、フブキは怒るだろう。いや、すでに動画を発見して怒っているかもしれない。保護している子供のいかがわしい画像が流出したのだから、怒るのは当然なのだ。


 むしろ、フブキが怒ったほうが安心できる。その分だけ、メノウが大事にされているような気がするからだった。イチズはメノウが育った環境を理解していないが、治安の悪い地域で育ったことは分かっている。


 だからこそ、年上としてメノウには幸せであって欲しい気持ちがあった。そのためには、保護者であるフブキの活躍が肝になるであろう。


「このメノウっていう子は、本当に綺麗ですね。モデルとかも出来そう」


 スズは、メノウの色っぽい面差しを見つめて感嘆のため息をつく。邪な目を持たなくともメノウの美貌は、スズを魅了したらしい。


 イチズは同感とばかりに頷こうとして、入れ墨のことを思い出して辞めた。


 メノウの入れ墨では、モデルなんて出来ないであろう。メノウの未来を一つ奪った入れ墨が、イチズは憎たらしくなった。


「メノウの色々な服装を見られたかもしれないチャンスを……」


 可愛い子の可愛い姿を見たいという自分の野望が潰えたことが、イチズはとても悔しかった。ヨルは、はっとしたように口を開く。


「肌の露出が少ないから和服ならバリエーションを楽しめるかも!」


 ヨルは、名案だと言って手を叩いた。


 イチズはメノウの紋付き袴姿や浴衣姿を想像するが、男子の着物姿を見る機会が少ないせいか上手く想像できない。男子が和服を身に着けているのは、イチズにとってはテレビの世界ぐらいの話だ。


 ヨルの意見に対して、スズは難しい顔をしていた。そして、改めて動画のなかのメノウを見つめる。


「男性の和服は、少し恰幅が良くないと見栄えばしないんですよ。メノウ君は、細すぎですね」


 言われてみれば、メノウの体格で和服を着せたら幽霊のように見えるかもしれない。長身でひょろりとしているから、柳の木を連想させてしまう。


「良く言えば現代っ子らしい体付きだから、若向きの雑誌に載っている服は全体的に似合うと思いますよ。ほら、これなんか」


 スズは、スマホで検索した男性モデルを指さした。モデルが着ているのは、大振りなデザインのブーツを中心にコーディネートされた服だ。やんちゃな雰囲気があるので、メノウは似合うだろうなとイチズの顔が脂下がる。


「いいわね。こっちのも似合いそう。なんでも似合う何を着せていいのかを迷うなぁ。これって、贅沢な悩みだよね」


 にこにこしながらイチズたちは「メノウに似合いそうな服」談義をしていたが、今はそれどころではない。それは、イチズたちだって分かっていた。


 今すぐにでも菓子を買いに行くべきなのだが、イチズたちは現実逃避をしていたのである。なにせ、教師や親以外の大人に真剣に謝るというのは初めての体験なのだ。足がすくんでしまうし、なんとなく遠回りをしてしまう。


 だからこそ、現実逃避であった。


「メノウの全身コーデとかやりたい。絶対に楽しいし、本人もノリノリで参加してくれそうだよね」


 イチズは、思わず夢想してしまう。


 自分が服屋で色々な服を探してきて、メノウに似合うかどうかを悩む光景を。変装らしい格好をしていたこともあったので、人並みには服に興味はあるのであろう。服を選ぶ趣味がないとしても、メノウならば買い物ぐらいは付き合ってくれそうな気がする。


 買い物に付き合ってもらって玩具にするのだから、お昼ご飯ぐらいは年上として奢ってあげなければならない。配信者として得たお金のおかげもあって懐は暖かいので、食後のデザートまで気兼ねなく奢ってあげられるだろう。


 ファミレスで軽くアイスでもいいが、クレープの食べ歩きも良いだろう。そういえば、美味しいジェラートのお店の特集を見たこともあったから……。


 イチズが脳内で考えていたことを読み取ったかのように、ぼそりとヨルが呟く。


「一緒に買い物って。それって……もうデートだよね」


 ヨルの一言に、イチズは唖然とする。


 イチズには、そんな気はなかった。洋服を選びつつもメノウを着せ替え人形にして遊んで、一緒にご飯やデザートを食べる。それだけのことだったのに、傍から見れば傍から見れば買い物デートに間違いない。


 無意識にデートを妄想してしまったイチズは、顔を真っ赤にした。いくら可愛い顔をしていると言っても、相手は中学生だ。自分は何を考えているのだろう、と冷静な頭で自分に言い聞かせる。


 しかし、中学生と言えども年齢はイチズと数歳しか違わないはずである。メノウの年齢は聞いていないが、高校生と中学生ならば大きく年齢が離れているはずがない。


 高校生と中学生だと思っているから、いけない雰囲気を感じてしまうが十七歳と十四歳ならば可愛いカップルではないか。


 イチズは、拳を握った。


 彼女らは知らないが早生まれのメノウは、中学生でも十二歳だった。高身長故に、誰もメノウの実年齢には気がついていない。


「イチズって、子犬系男子が好きだもね。ほら、メノウ君ってきゅるんとして子犬っぽい」


 親友のヨルに、イチズは男の趣味をすっかり把握されている。スズも「たしかに子犬系ですね」と納得していた。


「もしかして……ヒビナという馬鹿男に引っかかったのも顔が好みだったからですか?」


 スズに質問は、核心をついていた。今まで恋する乙女の顔をしていたイチズの顔が、急に真顔に戻る。その通りだったからである。


「イチズは、面食いだからね。好みの顔が近づいてきて、OKしたんでしょう」


 ヨルが、イチズに止めを刺した。


 腐れ縁とも言える友人の刃は、容赦というものをしらない。分かっているならば指摘しないで欲しい、と心の底からイチズは思った。自分が面食いであることは、イチズも重々承知している。


「メノウも……。付き合ったら、面倒くさそうな相手よ。いくら顔が可愛くとも私はパスするわ」


 泉コクヨウの存在、あるいは彼が育った環境。そして、入れ墨。様々なことが、彼を取り巻く環境の面倒臭さを物語っている。


 そんな相手は、ヨルとしては御免である。たとえ顔が良くても、ヨルにとってはメノウは不良物件でしかなかった。


「そういうことで、イチズは安心してメノウを捕獲していいよ。相手は中学生だから、ちょっと退路を塞げば簡単にベッドインできるはず」


 ヨルのあからさまな言葉に、スズは呆気に取られてしまっていた。真面目な彼女には、ヨルの冗談は悪質すぎたのだ。イチズの語気も思わず強くなる。


「そんなことはしないって。第一に、相手は中学生だから!色々と早すぎるから!!」


 だが、チャンネルのためにも是非とも仲良くし続けたい相手である。そして、その付き合いのなかで良い方向に進んだ時にはイチズだってやぶさかではないのだが。


「むっつりな顔している。どこぞの中年オヤジみたい」


 からかってくるヨルに向かって、イチズは思わず拳を振り上げる。殴る気はないことは分かっているので、ヨルは「ぎゃー」とわざとらしい悲鳴を上げた。


「さて……そろそろ菓子折りを買いに行きましょうか」


 現実逃避の時間は終わりだ、とばかりにヨルはイチズの肩を叩く。教室の時計を見れば、それなりに時間は経っていた。そろそろお菓子を買いに行かなければ、ダンジョン警察への訪問も遅くなってしまう。


「スズさん、忙しいのに色々とありがとうね」


 スズに礼を言ったイチズは、空き教室のドアに手をかけようとした。しかし、その前の空き教室のドアが開く。


 そこから現れたのは、ヒビナであった。


「イチズ。それに、スズ。話したいことがあるんだ」


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