第29話過酷な育ち


 フブキからの返信をイチズは、自分の部屋で待っていた。パソコンで自分の動画を改めてチェックしながら、前回の動画の再生回数を確認する。


 すでに百万回以上が再生されており、チャンネルの登録者数と共に再生回数も伸び続けている。


 この数字の凄さを親に説明し、お金を借りてダンジョン用のカメラを買いに行ってしまった。


 前に使っていたものより性能が高いカメラは二十万を超えたが、父がとんでもない額の収入が来月入ってくることを信じてくれたことで購入することが出来たのだ。母とは違い娘に甘い父は、基本的にはイチズの味方だ


 新たなカメラを買って、動作確認も終わった。これならば、いつでもダンジョンで使えることは出来るだろう。


 問題は、次の企画をどうするかということだが。


 イチズは手持ち無沙汰になりながら、スマホを確認した。通信用のアプリには、いつの間にかフブキからのメッセージが届いていた。


 イチズが制作した動画は、フブキにチェックをしてもらうことになっていた。ダンジョン警備隊やメノウのことを含めて、チャンネルに上げられるかどうかを精査してもらわなければならなかったのだ。


『問題ないが、普通の映像でいいのか?もうちょっと攻めた映像を作ってくるのだと思ったんだが……』


 フブキから返ってきたメッセージには『考えていたものより普通でびっくりした』と書かれている。


 色々と不安にさせていたのだろうな、とイチズは思った。なにせ、ヨルの大暴走のせいでいかがわしい素材ばかりが撮れてしまっていたのだから。


 撮っていた映像がおかしなものばかりだったので、編集にはとても苦労した。結局は、メノウの自己紹介と何時ものダンジョン警察の様子を組み合わせたのである。


 前半は健全をメノウへのインタビュー(取り直しあり)


 後半は何時ものダンジョン警察の様子と銘打った喧嘩風景だ。『訓練に余念がないようです』というテロップは一応いれてみた。不真面目な映像だが、役所のPL映像ではないからいいだろう。所詮は、個人が作った映像にすぎない。


 それに、フブキから了承も出たのである。もしも、どこかから怒られたらフブキの名前を出すことにしよう。


 イチズは動画の最終確認をしながら、メノウの兄コクヨウに対する宣戦布告を思い出す。

 あの不穏な一場面こそ、メノウは使って欲しかったであろう。そうでなければ、宣戦布告などするものか。 


 けれども、メノウの宣戦布告の映像をイチズは使わなかった。あの画像こそ、メノウは一番使って欲しかったであろう。


 だが、その望みを叶える気などイチズにはない。兄弟の不破など自分が背負うものとしては重すぎる。メノウとコクヨウとの間にあるものに首を突っ込むには、イチズは彼らの事情を知らなすぎた。


「あの入れ墨って、本物よね……」


 入れ墨を露わにしたシーンは、当然のごとくカットした。メノウには相応の覚悟があったのかもしれないが、それはもっと自分の意思が関わる場所で発表するべきだとイチズは思う。


 それぐらいに、日本は入れ墨に対してマイナスなイメージが強い。子供がいれた入れ墨は、特に痛々しさを感じるほどだ。


 メノウの腕に入れられた蛇の入れ墨も、そのような痛々しさをイチズは感じた。


 彼の言葉を信じるならば、あの入れ墨は全身に入れられているらしい。メノウのような子供が、自分の意思で入れ墨を入れるとは思えない。


 ということは、入れるような大人と側にいたのだ。それを止めてくれる人もいなかった。


 誘拐されたメノウを取り巻く環境が、それだけで劣悪であったことが分かる。蛇の入れ墨は、ダンジョン内で最大の武器となった。それに助けられたイチズは、メノウの蛇の強さを実感している。


 その力をメノウに授けるために彫られた入れ墨は、メノウに冒険者としての強さしか要求していない。普通の人間ならば、そんなことを子供にはしないであろう。


 子供には、今後の人生を求めるものだ。メノウの入れ墨は、冒険者としての刹那の価値しか求めていない。


 そのような環境で、メノウは育ってきたのだ。

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