第25話実兄への宣戦布告



「あっ、そうだ。ネットで噂になっている泉コクヨウは、僕の兄ですよ。血も繋がってます」


 質問も終盤に差しかかり、そろそろ締めの質問に繋げなければとイチズが考えていたときであった。


 イチズの配慮が無駄に思えるほど、メノウはあっさりとコクヨウとの関係性を認めた。しかも、自分から。


「隠しているわけでもないし、これぐらいまら言いますよ」


 これは、公表しても良いのだろうか。個人のチャンネルとはいえ、注目度は高いのだ。なにより、一度でもネットに上がったものは消しづらい。デジタルタトゥーとして、残り続ける可能性もあった。


 未成年のメノウの判断だけでは危険だと考えたイチズは、保護者のフブキに助けを求めた。


 フブキは、難しい顔をしながらも無言で頷く。メノウの意思を尊重するということだろう。


「そうなんだ。お兄さんとは仲が良いの?」


 その質問に、メノウはしばらく迷った。イチズは、地雷を踏んだかと思って冷や汗をかく。


「あんまり。僕は、あいつ嫌いです」


 淡々とした声であった。


 兄を『あいつ』と呼んで突き放した印象を与えるのは、わざとであろうか。それとも、日本語を間違えているだけなのか。


 後者であろうな、とイチズは思った。メノウの声は、それほどまでに冷たいのだ。嫌いというよりは、無関係を装いたいという感情を感じるほどであった。


「本物の地獄を知らない甘ったれです。そのくせ、自分の正義を押し付けてくる。……自分が育った環境が、どれだけ恵まれていたのかの自覚もない」


 メノウは、拳を握る美しい顔を憎しみで歪めている姿は、どこか痛々しい。


 コクヨウは、高校生のときに家族を失った。その人生は、幸せなものではなかっただろう。しかし、それ以上の地獄をメノウは知っているのだ。


 イチズは、メノウが育った環境など知らない。兄を憎むように嫌いになってしまった理由も理解はできない。


「自分の正義ばかりを押し付けるあいつが嫌いです。僕だって、進んで汚れたわけじゃない。進んで、こんなもの——」


 メノウは、腕をまくろうとした。


「止めろ!」


 フブキが止める前にイチズの目には、メノウの腕に這う何かが見えた。


「フブキさん、僕は本気です。本気で兄と敵対します。だから、宣言したい。決意表明の証です」


 メノウは、フブキを退けた。


 拒絶されたフブキは一瞬だけうつむいたが、真っ直ぐにメノウを見つめた。メノウの判断を全て受け入れると決意した顔である。


 メノウは袖をまくり上げれば、そこから現れたのは入れ墨である。薄い緑で描かれているのは蛇であり、それは服で肌が見えていない場所にも続いていることが分かった。


 イチズとヨルは、予想外のことにぎょっとした。


 メノウのような子供が入れ墨を入れるなど一般的ではない。メノウは、自分の事を汚れたと言っていた。彼にとって、入れ墨は汚れの象徴であるのだろう。


 だからこそ、フブキも他人に蛇の入れ墨をさらすことを禁じていたのだ。この入れ墨をさらすことで、傷つくのはメノウ自身だ。


「同じものが全身にあります。この蛇は、ダンジョン内であれば魔力で実体化させて操る事が出来ます。これが、僕の最大の武器で——最大の罪の証拠。兄ならば、この意味が分かるでしょう?」


 メノウは、声を出さずに唇を動かす。


『人殺しの道具だ』


 とイチズには読み取れた。


 そんなはずはないと頭を振るが、否定しきれない、イチズは、メノウの過去を知らないのだ。彼が、どのような場所で育ったのかを知らないのである。


「自分の正義を貫きたいなら、僕を殺しに来れば良い。返り討ちを希望します」


 メノウは、ヨルが持っているスマホをしっかりと見つめていた。そして、画面の向こう側の人間に語りかけている。動画というものを通して、自分の兄に宣戦布告をしていた。


「兄は嫌いでも、イチズさんは好きですよ」


 いきなり変わった話題と名指しされたことに、イチズは「はへ?」と変な声をだした。


「えっと……Likeよりlove?じゃなくて、loveよりのLikeなのでしょうか。とにかく、好きです」


 いきなりの告白に、イチズは頭が真っ白になった。二回しか会ったことのない相手に、告白されるなんて初めてのことだ。


 メノウは歳下だが、冒険者としての実力は圧倒的に上だ。性格だって純真が過ぎるが、悪いわけではない。むしろ、可愛いと思う。


 イチズは、はっとした。


 歳下の恋人を自分好みに育てる。


 そんなことがメノウ相手ならば、可能なんのではないのだろうか。ワンコ系カレシを自分の手で育てられたりするのではないだろうか。


「他の人に自分の魔力を渡せるなんて、尊厳します!すごいと思います!!」


 尊厳ではなく、尊敬だ。


 イチズは、寸前のところで言葉を飲み込んだ。Likeだのloveだの言われたから、色々と勘違いしてしまった。メノウは日本語が不自由で、自分の感情を表すのが下手なのだ。


「年上をからかうなんて悪い子だな。お姉さんは、勘違いしそうだったよ。カレシに酷い振られ方したばっかりだったし。魅力がないのかなって思っていたところだったから」


 イチズは、年上ぶって笑ってやり過ごそうとした。


 この場には、メノウの上司というよりは保護者の立ち位置に近いらしいフブキがいるのだ。理想のカレシ育成計画などという妄想を知られるわけにはいかない。


「イチズさんは、綺麗ですよ。傷ないですし、手足もありますから」


 綺麗の基準が分からない。分からないが、眼と眼を合わせて綺麗だなんて言われたのは初めてだ。


 ちょっとばかり、ときめいてしまう。


「小形さんが、女の人をいっぱい褒めると夜の新体操が出来るって言っていました。テレビで新体操の大会を見たら、すごかったから見たいんです」


 目をきらきらとさせているメノウを見る限り、夜の新体操を本物の新体操だと思っているらしい。


 イチズは、メノウから目をそらして苦笑いした。日本語に苦戦している相手に『夜の新体操』などと言った斬新な隠語が通じるはずもない。


「やめろぉ!そういうことは、人前で言うなって!!」


 飛び出してきた男が、メノウの口をふさいでいた。



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