第23話ダンジョンでのお礼


「危ないところを助けてもらったかと言って、女子高生が男にホイホイとついて逝くのは危ないからな」


 メノウがイチズたちを連れてきたのは、警察署であった。


 どうして警察署に連れてこられたのか分からないでいたイチズたちだが、ノートパソコンを開いて仕事をしていたフブキの姿を見て納得してしまった。イチズとヨルは、上司の元まで連れてこられたのだ。


「イチズさんには助けられたから、フブキさんがお礼したいって言っていたし。都合が良いと思ったんですけど……」


 駄目ですか、とメノウは首を傾げる。フブキがため息を吐いた理由が、メノウは分からないらしい。


「高校生を思いっきり投げ飛ばしたことを心配しているんだ。まったく……人目はない場所だったんだな?」


 フブキの質問に、メノウは嬉しそうに頷いた。


「ちゃんと人と警察がいないことは確認しました。日本の警官に賄賂は出来ないって、覚えていましたから!」


 メノウの言葉に、イチズは「海外って、物騒な地域が多いから」とテレビ番組で得た知識で納得する。


「……すまない。メノウは、あまり日本に馴染んでいないんだ。今回のことは、他言無用にしてもらえれば助かる」


 フブキは武器を握ることに慣れた手で、メノウの頭の帽子を取り去った。


 長過ぎる髪は、帽子の下で一つにまとめられていたらしい。首のところでお団子が作られており、メノウは自ら髪をほどく。


 ばさりと音をたてて背中に落ちた髪を見て、イチズは息を呑んだ。


 サングラスを外しているせいもあって、メノウの美麗な姿が全て露わになる。ダンジョン内でも考えたが、メノウという人間は本当に美しい。


「映像で見るより、実物は可愛いものね。モデルみたいな顔してるし、スカウトとかされた事もあるんじゃないの。年齢の割に身長もあるし」


 ヨルの値踏みする視線にイチズは呆れたが、聞き捨てならない言葉が聞こえた。


「年齢の割には、失礼だよ」


 メノウの独特の雰囲気は、高校生でも二十歳前後でも通じるものがある。しかし、ヨルの言い方ではメノウが歳下のようだ。


「あなた、中学生ぐらいよね。身長が高いから、大人っぽく見えるけど」


 ヨルの言葉に、メノウが拍手を送る。


「はい、中学生です。初対面で正解されるのは久々なので、驚きました」


 メノウが歳下であった事実に、イチズは言葉を失った。体の筋肉が必要最低限なのは、肉体が若すぎるからだったのだ。そして、彼の言動の幼さは実年齢を鑑みれば当然のことである。


 混乱しているメノウの姿に、ヨルはにやりと笑った。


「弟が三人もいれば、男の年齢なんて簡単に分かるんだから」


 ヨルは、四人兄妹の長女である。弟たちの姿を見て、男の成長というものを学んできたのだろう。


「ひぃや!ひぃ!!」


 メノウの悲鳴が聞こえてきた。


 いつの間にかメノウの頭は、がっしりとフブキに鷲掴みにされていた。


 アイアンクローという技だったろうか。素晴らしい腕力がメノウを苦しめていたが、フブキは力を弱めない。


「さて、今回の反省点はどこだ?」


 フブキの問いかけに、メノウは苦しみながら口を開く。


「……病院を抜け出して、ダンジョンをいっぱい巡って、知らない人を転がしたこと!」


 今日の悪いことを早口で答えたメノウだが、フブキの力は強くなるばかりだ。


「一番悪いことは、悪いと知っていながらやることだ!」


 正論である。


 メノウは、フブキのアイアンクローに悲鳴を上げ続けている。


 フブキはお仕置きに慣れた様子なので、メノウの行動は始まったばかりというものではないのだろう。


 フブキはメノウを開放して、次いでイチズを見る。大人の鋭利な視線に、思わずイチズは緊張した。


「最初に行っておくべきことだったが、この間はメノウを助けて……。いや、私たちを助けてくれてありがとう」


 頭を下げられてしまったイチズは、大いに慌てた。レイドバトルでは協力が大前提だ。イチズの行動など礼を言われるほどのことではない。


「頭を上げてください!私は守られてばっかりで……」


「そんなことないです!」


 気がつけば、メノウの顔が眼の前にあった。


 彼の真剣な表情は、年不相応に大人びて見える。思えば、遠目で彼を見たときから彼からは成熟してしまった気配がした。


 だから、実年齢よりもはるかに年上だと思い込んでしまった。このメノウという少年は、どんな人生を送って送ってきたのだろうか。


 イチズは、そんなことを不意に考えた。


「イチズさんが魔力をくれなかったら、全員が死んでいたかもしれません。だから、お礼はさせてください」 


 メノウは、そう言うが「礼をさせてくれ」と言われてもすぐにはイチズには思いつかない。冒険者同士なのだから、お互い様ということにしてもらえないだろうか。


 そこまで考えて、メノウたちがダンジョン警官であったことをイチズは思い出す。イチズは彼らを普通の冒険者として扱っていたが、あちらにはそうも出来ない理由があるのだろう。


「なら、動画を取らせてもらったら」


 口を挟んできたヨルは、名案だとばかりに自信たっぷりに言った。


「お金とかだと気後れするし、この場でメノウ君の動画を取らせてもらうなら手軽でいいと思う。勿論、動画サイトに乗せる時には本人に確認とかはしてもらって」


 その程度の動画ならスマホでも撮れるし、とヨルは付け足す。イチズにしてみれば、中々に好条件である。


 チャンネルを盛り上げるのに、話題の人となっているメノウの映像はうってつけだ。しかし、個人の動画程度のものでメノウの周囲を騒がしくさせるのも気がひけた。


「僕なら大丈夫ですよ。それと、年功序列なので僕のことは呼び捨てでお願いします」


 イチズは、念の為にメノウの保護者であるフブキの反応を確認した。問題はない、とフブキは告げる。


「個人の趣味でやることだから、私は口出しはしない。今のネットの様子ならしばらくは目立つなといっても無駄そうだしな 」


 イチズは、はっとした。


 今日のメノウの服装は、お洒落ではなくて変装であったのかもしれない。すでに彼の周辺が騒がしくなっているのならば、動画など止めた方が良い。


 そう思うのだが、ヨルとメノウは盛り上がっている。様子を見ていたイチズは、折れるしかなかった。


 それに、今回は編集する予定の動画だ。誰かが何かおかしなこと言い出したら、カットすればいい。その時のイチズは、そのように考えていた。


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