第22話暴漢とダンジョン警察


 満を持してスズに告白したというのに、ヒビナが受け取った言葉は「死んでください」である。


 これは絶対に、イチズの仕業だ。


 ヒビナは確信した。イチズがスズに対して嫉妬して、彼女に色々と吹き込んだのだ。


「くそ……。今まで、ずっと恋人ごっこをしてやったというのに」


 イチズのことは、好きでもなんでもない。どこにでもいる普通の女子で、ゲームでいうならば適当にデザインされたモブだ。スズとは月とスッポンだというのに、つまらない嫉妬で今までの努力を水の泡にした。


「クリスマスにキスしてやったのが悪かったのか。あんなので本命だとは思わないだろ。どれだけ思い上がっているんだよ」


 イチズ程度に金を使うのが惜しくて、クリスマスプレゼントをキスで誤魔化した。本命だったら欲望のままにホテルに連れ込んでいるが、イチズ相手ではそんな気分にもなれない。


 付き合っていた当初からそんなふうに思っていたせいもあって、今のイチズはヒビナにとっては搾りカスも同然だった。なのに、自分の邪魔をするなんて許せないことだ。


 怒りに燃えたヒビナがやったことは、学校から帰る途中のイチズを待ち伏せすることだった。


 ヒビナは、スズに通帳を見せつけた日から登校をしていない。彼にとって大切なことは勉学ではなくて、いくら稼ぐかだ。学校に行く時間など無駄に思えたのである。


「ちょっと……ヒビナだよ。回り道したほうが良かったかも」


 最初にヒビナに気がついたのは、イチズの友人のヨルだった。イチズの方は「いくらなんでも何にもしてこないでしょ。自業自得なんだからさ」とヨルにささやく。


 その言葉で、ヒビナの頭に血が登った。


 イチズのつまらない嫉妬心で、スズと付き合うための努力は全て無駄になった。この結果は、自業自得などではない。


 −−全て、イチズのせいだ。



「おい。人のことを邪魔しておいて、自業自得はないだろ。こっちは好きでもないのにキスまでしてやったんだぞ」


 ヒビナは、イチズの腕を強い力で掴んでいた。それに驚いたイチズは目を丸くする。


「は……離して!この馬鹿。私とあなたは、もう無関係だから!!」


 暴れるイチズの腕を引いたヒバナは、彼女の白い頬を叩いた。パンッという乾いた音に、イチズも側にいたヨルも何もできなくなる。


 頬を叩かれただけ。


 じんじんと痛みはするがダンジョンでは、もっと酷い痛みも体験した。なのに、今までにない強敵を前にしたかのように体と頭が動かない。


「そんなに俺の事が好きだったなんて思わなかったよ。くそっ、お前のせいで全部が台無しだ」


 苛立ちを隠しきれないヒビナは、イチズを連れ去ろうとする。正気に戻ったヨルが、それを止めようとした。


「離しなさいよ!スズに聞いたけど、イチズが悪いことなんて一つもない。あんたが勝手に自滅しただけ!!」


 イヨルはイチズを取り戻そうとするが、ヒビナがそれを許さない。それどころか、邪魔になったヨルを押し退けた。そのせいで、ヨルは地面に倒れる。


「ヨル!ヨルに、なにするの。この馬鹿。この馬鹿!!」


 イチズは、ヨルに駆け寄ろうとするがヒビナが拘束を緩めることはなかった。そのままイチズを引っ張って行こうとする。


「Šalin rankas nuo manęs.Tu mažas bachūras.(手を離せ。このガキ)」


 聞き覚えのない言語と共に、ヒビナの腕が掴まれた。痛みを感じるほどの強さで掴まれて、ヒビナの顔が歪む。


 ヒビナの腕を掴んでいたのは、細身の人物であった。


 体格に合わない大きすぎる上着を羽織っており、ハンチング帽を深く被っている。ヒビナが無理にでも顔を確認しようとすれば、目は大きな丸いサングラスで隠されていた。


「つっ、誰だ!」


 その人間が誰であるかを確認する前に、ヒビナの体は浮き上がった。その浮遊感の次に感じたのは、地面に叩きつけられる衝撃だ。


「何をするんだ!」


 ヒビナが起き上がれば、イチズは細身の人物の背中の後ろの隠されていた。ヨルはというと自由になったイチズに助け起こされている。


「人の恩人に手を出さないでください。それに、あなたは気持ち悪いんです。嫌いです」


 日本語を口にしたことで、イチズは自分を助けた人物が誰であるかを知った。


「メノウさん!」


 イチズは驚いた。レイドボスとの戦いでかばってもらった人間の登場だ。イチズの言葉でメノウの正体を知ったヒビナであったが、次の瞬間に激痛が腕に走る。


「イタタタダぁ!!なんだ、この痛みはっ!!」


 悲鳴を上げるヒビナに向かって、メノウは冷たく言い放った。


「肩は、外しておきました。消防車は呼ばないので、自分でなんとかしてください。别再露面了(二度と姿を見せるな)」


 メノウは、イチズたちの方にくるりと方向を変える。何が起こったのか分からないイチズとヨルは呆然としていたが、メノウが「離れますよ」と言って彼女たちを先導しはじめた。


 イチズとヨルは顔を見合わせるも、おずおずとメノウの背中について行った。


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