第21話目標金額
スズが知る限り、兄のウミは最も優秀な人だ。
有名大学出身というなどではないが、要領が良くて自分の能力を理解している。人と話すのが得意で運動神経が良い兄のウミにとって、営業と冒険者は天職と天職の組み合わせである。
自分の能力を理解し、生かすことが出来る人間ほど賢いものはいない。妹の贔屓目なしにウミは人間として優秀な人なのだ。
そんな兄と戦って、ヒビナが勝てるわけはない。
スズは、そのように考えた。
しかし、スズの思惑は外れた。
スズから条件を突きつけられたことによって、ヒビナは舞い上がったのだ。条件さえ達成すれば、スズと付き合うことが出来ると考えた。
ヒビナは、冒険者になった。
学生が手早く稼げる仕事など多くはない。しかし、どんなに頑張っても五十万の大金を一ヶ月で稼ぐことはできなかった。そして、成績は目に見えて落ちていく。
教師と親は心配したが、その気持ちはヒビナには届かなかった。スズに振り向いてもらえれば良かったし、それ以上のことは考えられなかったのだ。
ヒビナは、スズに夢中だった。
そして、アイテムの裏の売買があることを人伝で知った。
日本では犯罪歴のある者や暴力団などの関係者は、アイテムの売買には関われない。しかし、彼らとしてもダンジョンから得られる利益が欲しい。
そんな人間相手にアイテムを売る。それが、アイテムの裏の売買である。売ったアイテムは、暴力団に所属する若者たちが使用し、反社会組織の財源となった。
ヒビナは、それすら気にしない。
恋の前では些末な問題であり、この頃になると金儲けということ自体が楽しくなってきていた。
普通の学生ならば稼ぐことが出来ない額を稼ぐことが、ヒビナの快感になっていた。そして、辞めてしまった塾の人間の顔ぶれを思い出しては優越感に浸るのだ。
血反吐を吐くまで勉強を続けている人間など馬鹿ばかりだ。金を稼ぐ方法は、いくらでもあるというのに。
中学校を卒業したヒビナだったが、月に稼ぐことが出来るのは十五万程度だった。それでも、学生としては破格の稼ぎであること間違いない。
その一方で、学業の方は疎かになっていた。
メノウは、同じ高校の特進クラスを目指す予定であった。だが、学力が大幅に足りずに普通科に進学することになる。
親はヒビナが勉強に興味を失ったのだとあきらめ、中学生のときのように彼を塾には入れなかった。
そもそも、中学生の時から塾をさぼって冒険者として活動をしていたのだ。ヒビナにとっては、今更なことだった。
稼ぎが頭打ちになったヒビナが次に目をつけたのは、ダンジョン配信であった。人気に火がつきながもダンジョンに入れる人間が限られていることや初期投資にかかる資金などの理由で、他の分野よりは新規が入り込みやすいと聞いたのだ。
当たれば大きい。
だが、問題は道具と時間だ。配信者の活躍だけでは、視聴者は増やせない。それ以外にも視聴者の見る理由を作らなければならないからだ。
自分が好きなとキャラクターと知らないキャラクターが同じことをやっていれば、前者を選ぶのが人間である。
冒険者としての腕は普通のヒビナは、回覧者に愛されるキャラクターを演じることから始めなければならなかった。
面倒なことが多すぎると思ってあきらめていた。なにより、配信をするにはヒビナに足りないものが多すぎる。
そんなとき、イチズが喫茶店で動画編集用の映像を撮っていたのを見つけた。
一人でカメラに向かって喋っていたので、動画撮影をしていることはすぐに分かった。そして、彼女が持っていたカメラはダンジョン配信にも耐えうるタイプのものだった。
イチズのことを利用できると考えたのは、そのときだ。
配信が上手く行かなければ捨てれば良いと思って、イチズを仮初の恋人にした。ダンジョン配信の経験のない彼女と共に始めた配信は、思っていたよりも順調に軌道に乗る。
イチズは配信歴だけが長い人間だと思っていたが、彼女には根強いファンがついていた。彼女の成長を見守っていたファンは少なかったが、どのような配信をすれば良いかをイチズにアドバイスをしてくれるようになる。
それに従って、イチズは動画の取り方を工夫した。ヒビナ個人の自己紹介動画を作ったり、カップル動画を全面的に推しだしはじめたのもこのころだ。
そんな努力も相まって、チャンネルはコンスタントに利益を生み出す存在になった。派手な映像が生配信で取れなくとも、イチズが画像を編集したりしてありふれた戦闘を面白おかしく説明することで月の収入は安定させていたのだ。
そして、アイテムの相場の高騰がやってきた。新しいダンジョンが出現し、そこに挑戦するためにアイテムを購入する冒険者が増えたせいだ。裏の売買でも同じ現象は起きており、ヒビナの収入は遂に五十万を超えた。
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