第20話中学生の財力
スズに「近日中に死んでください」と言われたヒビナは、呆然としていた。彼女に預金通帳を見せたときには、渋々ながらも交際を了承してくれたというのに。
「まさか……イチズのことがバレたのか」
スズの気性からして、それしか考えられない。彼女のことは中学生の頃から想っているのだ。ヒビナは、スズ自身のことは誰よりも分かっている自信がある。
金を稼ぐためにイチズを利用したのは、撮影技術以外にもある。それは、彼女のさっぱりとした性格だ。
イチズならば別れを告げても、自分に執着することはないだろうと踏んでいた。イチズが自分との交際をスズに話したことは、ヒビナの計算外のことだ。
スズは、中学生のころから恐ろしいほどにハイスペックな女子だった。大和撫子を体現した容姿は元より、それを鼻にかけないストイックな性格は男女ともに惹き寄せるものがあった。つまりは、高嶺の花だ。
その花を摘み取ろうとして、散っていった男は数しれずない。ヒビナは、その一人だった。
いとも簡単に振られたヒビナだったが、スズをあきめることなどできなかった。スズに本気だったからこそ、あきめることなど出来なかったのだ。
ヒビナは、スズの攻略に何度も挑戦した。
体育館の裏や屋上。お洒落な喫茶にも呼び出して、スズに想いを告げた。ときには、二時間もかけて彼女を口説いたこともある。
ヒビナとスズには、接点があった。
それは、同じ塾の上級クラスの生徒だということだ。定期的に行われるテストの成績上位者しか入ることが出来ないクラスは人数も少く、ヒビナは他の男子よりもスズとの接点が多かった。
だからこそ、ヒビナは自分の思いが届くと信じていたのだ。
国立大学を目指しているスズにとって、ヒビナの告白は時間の無駄でしかなかった。
スズには、夢があったのだ。
頭脳明晰な兄と並び立つ大人になる。兄のことを慕っているスズは、兄の隣りにいて恥ずかしくない大人の女性になりたかった。
スーツを着こなして、沢山の部下を従えるようなデキる女性になりたかったのだ。
そんな大人になるためには、今は勉強が一番だ。スズには、恋愛に現抜かすような時間などなかった。ヒビナの燃え上がる恋心に一番辟易としているは、相手であるスズであったのだ。
ヒビナの告白が十回を超えた頃に、スズの堪忍袋の緒が切れた。
「今まで告白ごっこに付き合ってきたのは、一緒の塾のよしみだったからです!一緒のコースで頑張っているから、励ましついでに一緒に出かけたりしてました。でも、ヒビナ君は別のコースになりましたよね。成績を落とすのは自由ですが、巻き込まないでください!!」
スズの言う通りだった。
ヒビナの成績は、がくっと下がっていたのだ。ヒビナとスズが通う塾は、テストの点数が下がれば否応なくクラスが変えられてしまう。
成績上位のクラスから、成績下位のクラスへの転落。つまりは、二軍落ちだ。
有名な国立大学を目指す人間であれば、この二軍落ちは精神的なショックをもたらす。自分の努力が足りないと言われているようなものであり、目標の実現に大きく関係するからだ。
そのなかでも、ヒビナの現状は最悪だった。
スズが知っている限りは、最悪の点数の下がり方をしていた。
ヒビナは勉強時間を犠牲にして、どうやれば自分の想いをスズが受け入れてくれるかを考えていた。だから、成績が下がってしまったのだ。
このままでは、義理で告白に付き合っているヒビナの転落に巻き込まれる。それはスズの望むところではない。そんな事は御免だったので、スズは強い言葉でヒビナを拒絶した。
「もうたくさんよ。兄の年収を超えてから来てください!営業としても冒険者としても優秀な兄を超えられたらだけどね。ちなみに、兄の月給は五十万円らしいです」
出来高制の営業をしている兄ーーウミの本職の収入には、多少の波がある。しかし、営業マンとして優秀な兄の収入が高いことをスズは知っていた。
ウミにとっては、冒険者としての活動はあくまで趣味だ。冒険者としての活動で営業先と盛り上がることも多いと言うので、実益も多少は兼ねているのだろう。そんな趣味の活躍でも毎月十万円程度は儲けているらしい。
スズは、高いアクセサリーを誕生日に強請ったことがあった。おふざけのつもりだったが、ウミは購入しようとした。
そのときに、成り行きでウミに月収を知ったのだ。一般のサラリーマンよりも高収入なウミは、努力家の妹の我が儘を叶えるだけの財力があった。
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