第18話ダンジョンコア



「中学生は、中学生をしろ!!」


 女性の怒鳴り声が、周囲に響き渡った。


 ユウダチとメノウがそろって振り返れば、そこには六十代ほどの女性がいた。彼女は白髪が増え始めた髪を無造作に結び、洒落っ気というものがいっさいない装いをしていた。


 自分の見た目など一切気にしていない、とばかりの飾り気のなさだ。見ようによっては潔さすら感じる。


「学校が全てとは言わない。ただし、大人の戯言には振り回されるな」


 獅子のよう目つきの女性に、ユウダチは「いや、元女子バレー部の顧問の言葉じゃないだろ。中学生の俺のことを思いっきり振り回していたじゃん」と小さく呟く。


 その呟きはしっかりと聞こえたらしい。無湯治カスミは、ユウダチの首を後ろから締め上げた。


 昨今の教育現場では許されない行為をしているが、カスミは元は教育者である。ユウダチが通っていた高校で体育教師をしており、女子バレー部の顧問だった。


 高校時代のユウダチ部活のレギュラーから外れて燻り、自分自身を失望感で見失っていた。自暴自棄になっていたのだ。そんな高校時代のユウダチは、カスミの存在に救われた。いや、しごかれた。


 女子バレー部のマネージャーにさせられて、5キロのスポーツドリンクを担いで走り込みをさせられたのだ。


 レギュラーの選手よりも過酷な運動を強いられた。選手たちのサポートとしての意味もあっただろろうが、あの訓練の本質はユウダチに自信を付けさせるためだった。


 自分の努力が叶わなかったことが、ユウダチが失った自信喪失の理由だ。レギュラー時代よりも厳しいマネジャー業は、そんなユウダチにとって自信を取り戻させるには十分だった。


 そのときに、自分がマネジャーとして選手の役に立つことの喜びも知っのだ。ダンジョン警察のサポートなんて仕事は、マネジャーの経験がなければ選ばなかったであろう。


 つまり、カスミは恩師なのである。


 しかし、恩師であるカスミとは二度と会うことはないだろうと思っていた。カスミは学校を辞めてしまって、その後の行方が分からなくなってしまったのだ。卒業後に開催された同窓会でカスミの離職を知ったユウダチには、なにも出来ることはなかった。


 その後、ユウダチは転職して、カスミと予期せぬ再会をする。カスミは、ダンジョン警察になっていた。


 今では共にダンジョンに潜る仲だが、教師と生徒のときの感覚が抜けきらず苦肉の策で『姐さん』とカスミのことを呼んでいる。


「とにかく、大人の期待に答えたいという理由だけで行動はしないこと。それは、大人に支配されているのと同じだ。中学生であっても庇護されることはともかく、支配されることは嫌がっていい。いや、嫌がるべきだ」


 元教育者らしい立派な言葉だが、ユウダチとしては色々と意見したい。適切な言葉が見つからない。そのため、少しばかり拗ねたような物言いになった。


「……鬼女の顧問も年取って丸くなるんだな」


 カスミから拳が飛んできたので、ユウダチは心の中で泣いた。『自分は厳しく育てられたのに、親は孫に甘い』という理不尽を味わった気分だ。


「難しいことは分からないから、もう帰りますね。ダンジョンコアは、もらったから心配しないでください。これで、しばらくはこのダンジョンはダンジョンコアを産まないです。……集まらないものですね。もしものためのときの数というのは」


 メノウは、鞄からピンク色の結晶を取り出す。小さな結晶は宝石のように輝いており、見る者の目を一瞬だけ奪う。


 ダンジョンコアは、ボスあるいはレイドボスの心臓である。


 普通のモンスターとは違って、ボスは倒されても肉体がアイテムに変化しない。ボスを倒した時点でアイテムが出現して、部屋から出ていくことが可能になるのだ。


 普通であれば、ボスの肉体をバラバラにして体内のダンジョンコアを回収しようとはしない。ダンジョンコアの存在を知らない限りは。


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