第16話大和撫子は最低男に死ねという
「水守イチズさんですよね」
イチズは、別のクラスで美少女に声をかけられた。
放課後の教室の清掃がちょうど終わり、自分の荷物に手にしようとしたタイミングであった。見計らったような形で美少女は教室に訪れたので、廊下かどこかでイチズのことを待っていたのかもしれない。
「そうだけど……。えっと」
改めて美少女を眺めてみるが、見知った顔ではない。初対面のはずだ。なのに、どうして彼女は自分を知っているのだろうか。
「知らないの。特進クラスの磯崎スズよ」
ヨルの耳打ちされて、イチズは息を呑んだ。
ヒビナが、イチズから乗り換えた−−いや、本人言わせれば最初から本命だった少女だ。
長い黒髪のスズは、大和撫子という言葉が似合う容姿をしていた。雪のように肌が白くて、スカートから覗く足もすらっとしていて美しい。
同性のイチズでも見惚れてしまうし、着物姿を見てみたいと思った。きっと似合うことであろう。
「……何かご用ですか?」
イチズは、おずおずと尋ねる。
特進クラスは、難関の国立大学を目指す生徒の集まりだ。つまり、普通科よりも頭が良い。
容姿だけではなくて学力まで備えているなど、神は彼女を特別扱いしすぎである。イチズであっても、自分よりもスズを恋人に選ぶであろう。
「この度は兄を助けてくださり、ありがとうございました!」
スズは、深く頭を下げた。
その姿に、イチズとヨルは目を瞬かせる。
「イチズさんと共にレイドバトルに巻き込まれた磯崎ウミは、私の兄なんです。兄からイチズさんの話を聞いて、もしかしたらと思って動画を見たら……その……」
スズは、視線をさまよわせる。
その理由が、イチズには思い当たった。イチズのチャンネルでは、ヒビナと付き合っていた頃の画像は下げてはいない。
スズは、それ見たのであろう
「ヒビナ君と共にチャネルをやっていた……」
彼女の気持ちが、イチズには痛いほど分かった。兄の恩人が、恋人の元カノジョである。さぞかし、やりにくいであろう。
それでも、兄の事で礼を言いに来たのだ。良い人なんだなぁ、とイチズは感心してしまった。
「ヒビナについては、別に良いから。なんか、私のことは利用しただけっぽいというか……。とにかく、もう気にしていないから!」
イチズの言葉を聞き、スズは目を細めた。凍てついた表情のままでスマホを取り出して、すみやかなに番号をプッシュする。
特進クラスだけあって、スズの記憶力が良いらしい。イチズは他人の電話番号など一人も記憶していない。それと同時に、相手は電話番号を登録するほどの仲ではないらしいとイチズは考えた。
「あっ、ヒビナ君。もう声をかけてこないで。ついでに、近日中に死んでください」
スズは、一方的に電話を切った。
「本当にすみません。ヒビナ君とイチズさんは、普通にお別れしたと思っていて……。というか、私とヒビナ君は付き合ってもいないんです」
イチズとヨルは唖然としたが、電話番号を登録されれいない時点で関係の希薄さがうかがえる。
「ヒビナ君と私は、同じ中学校なんです。それで、中学校三年生の頃に告白されて……。でも、私は国立大学を目指すと決めていたから、付き合えないと断りました」
さすがは、難関国立大学を目指す人間である。中学生の頃から決意が違う。
「でも、しつこく言い寄られたので……。兄の月給よりも稼げたら付き合うと言ってしまったんです」
スズの言葉に、イチズとヨルは吹き出した。
中学生のヒビナに課した無理難題は、どう考えても達成不可能である。中学生のスズは、よっぽど恋人を作りたくなかったらしい。
「スズさんのお兄さんって、社会人なのよね。その月給を超えるほど稼ぐなんて、中学生には逆立ちしたって無理よ」
ヨルは、喋りながらも笑いが止まらなくなっている。絶望した中学生ヒビナの顔を思い浮かべたのであろう。長い付き合いなので知っていたが、大概ヨルも性格が悪い。
「でも、話が見えた。学生ががつんと稼ぐには冒険者が最適だし、私を巻き込めば機材代を節約して配信者にもなれるって考えたのね」
イチズは、がっくりと肩を落とした。
ヒビナは冒険者としての強さは、良くも悪くも年相応だ。社会人の月給並みに稼ぐのは不可能だ。
その上、ウミは兼業の冒険者らしい。つまり、会社の月給と冒険者の利益が一ヶ月の収入になるのだ。
「それは……動画を配信して利益を足しにしたいとも思うわ」
配信で得られる利益は、よっぽどでもないかぎりは微々たるものだ。ヒビナとイチズは人気のダンジョン配信のジャンルで活動をしていたこともあり、登録者も多くなっていたので利益はそれなりにあった。
「でも、入ったお金は色々と折半してた……。カメラ代かぁ!!」
イチズは、叫んだ。
配信で得た利益と二年分の御年玉を注ぎ込まなければ、高性能なカメラは買えなかった。このカメラ代については、ヒビナの財布は全く傷んでいない。
高性能のカメラでなければ、目の肥えた視聴者を満足させるだけの映像は出来上がらなかっただろう。考えてみれば、登録者数が伸び始めたのはカメラを買い替えた頃だ。
ヒビナはイチズと恋人ごっこをすることによって、撮影係と高価なカメラを手に入れたのである。
「私は……あいつにとっては撮影係でカメラ代だったのか」
イチズを恋人にすることによって、ヒビナは高価なカメラ代を節約したのだ。
ライブ配信以外の画像の編集などの作業はイチズが担当していたし、その節約した時間で一人でダンジョンにでも行っていたのかもしれない。少しでも余計に稼ぐために。
「そのカメラでさえ、壊れたなんて……。なんか、もう嫌になってきた。泣きたい。泣きたいよぉ」
イチズは、ヨルにすがりついた。ヨルは、おざなりにイチズの頭を撫でる。
「すみません。まさか……こんな事になるだなんて」
スズは申し訳なさそうだが、ヨルは楽しそうだった。たとえ友人であっても、他人の不幸は面白いらしい。
「悪いのは、ヒビナよ。そんな気にしないで」
イチズ代わって、ヨルがスズを許す。イチズも同じ気持ちではあったが、ヨルが返答することは腑に落ちない。
「ヒビナとの約束は、お兄さんの月給を超える収入を稼ぎ続けるってことなの?」
さすがに無理があるだろう、とヨルは思った。
「正直、中学生の頃はあまり考えていませんでした。ヒビナ君は、一回でも超えれば良いと思っている感じでしたね。自信満々に通帳を見せられました」
その光景は、イチズも見たかった。
胸を張って自分の通帳を見せつけるだなんて、成金みたいで滑稽だ。そして、そこまでして付き合いたかったスズに振られてしまったことも間抜けすぎる。
「……終わったことだし、どうでもいいや」
イチズは、深くため息をついた。
自分がバカ男と付き合っていたと分かったら、疲れがどっと押し寄せてきたのだ。
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