第15話動画がバズった三つの理由



「よっ、よっ、ヨル!!どうして、私のチャンネルがこんなことになっているの!私がネットの世界を留守にしている間に、天変地異でも起こったの!」


 久々に学校に登校したイチズが一番最初におこなった事は、腐れ縁のヨルに詰め寄ることだった。


 ヨルは、一言でいうならばダウナー系の女子だ。肩ぐらいで髪を切りそろえて、やる気のなさそうな態度でいることが多い。


 そのくせに目付きは鋭いせいもあって、今も昔も友人は少なかった。イチズ以外と親しくしているのは、数人ぐらいだろうか。


 ヨルは相変わらずの低血圧らしく、慌てるイチズを不機嫌そうに睨んだ。それだけで、ヨルは誰にも頼らずに生きているの不良少女の雰囲気を漂わせる。もっとも、雰囲気だけだが。


「あんたのチャンネルが伸びた理由を私に聞いてどうするのよ」


 ヨルの言い分は分かるが、彼女はイチズにとっては配信の師匠である。なにせ、小学校の頃に先に配信を始めたのがヨルなのである。


 ヨル自身は一年程度で配信に飽きたが、イチズのチャンネルが行き詰まったときには良き相談相手になってくれていた。一時など、彼女のペットのハムスターがチャネルの看板だったこともある。


「だって、当事者は冷静にものを受け止められないの!こういうのは、第三者の方が色々と分かるでしょう!!」


 ぎゃあぎゃあ、と叫ぶイチズの額をヨルは指先で弾いた。落ち着けと言いたいらしいが、もう少しやりようはあったのではないだろうか。


 イチズとヨルのやり取りを見ていたクラスメイトの数人が、笑いをこらえていた。それに気がついたイチズは恥ずかしくなる。


 ヒビナと付き合っていた頃にダンジョン配信をしていると打ち明けたクラスメイトがいくらかいたはずだ。彼らを通して、不可解なほど登録人数が増えたチャネルのことは噂になっているだろう。


「あんたの動画がバズッたのよ。それぐらいは分かるでしょう?」


 チャンネルの登録者数が伸びた理由など、それぐらいである。


 イチズにだって、レイドバトルの巻き込まれたダンジョン配信がアップされた事で登録者数が伸びたのは分かるのだ。そして、それがバズった。


「でも、バズった理由が分からないの。レイドバトルの動画は他にもあるし、自分のを確認したけどブレブレで酷い映像だったのに……」


 レイドバトルの動画は、出来がいいとは言えない。単調で長く、レイドバトルが始まってからは特に酷かった。


 手振れが酷いというレベルではなく、見ていると目が回る。三半規管の弱い人間ならば、酔っているほどの酷い映像だ。


「まずは、露出がそれほどないダンジョン警察の顔だしがあった。これが、第一の理由ね」


 ヨルの発言に「そういえば、そんな要素もあったな」とイチズは思い出した。


 レイドバトルとチャンネルの登録者数が衝撃的すぎて、フブキやメノウがダンジョン警察であったことを忘れていた。


「さらに、あんたの動画に映っている人に問題があったの。泉メノウっていう子がいたでしょう」


 レイドバトル中はお世話になりっぱなしだったこともあって、メノウは画像での露出度も高かった。


 珍しいタイプの戦闘スタイルだったので、その道での有名人だったのだろうか。若いのに実力がある人間だったので、その可能性は非常に高い。だが、イチズ予測は全て外れていた。


「この子は、泉コクヨウの弟なのよ」


 知らない名前が出てきて、イチズは首を傾げた。


 ヨルは「私も知らなかったんだけどね」と口火を切る。


「泉コクヨウは、生きているなら三十代ぐらいの冒険者よ。その昔は、日本で最強の冒険者だって言われていた」


 冒険者の活動に、最強も何もないであろう。そもそも単独でダンジョンに挑む人間は少ないのだから、最強など決めようもないのだ。そして、日本では冒険者同士の私闘は禁止されている。


「どっかの民間企業が冒険者のダンジョンに潜った数やレイドバトルの回数なんかを記録して、独自のランキングを作っていた時代があったの。『トップを目指して頑張ってね。そして、企業からアイテムをたくさん買ってね』という露骨なアピールよ」


 つまり、あまり確かなランキングではなかったらしい。世間一般的の評価もさほど高くはなく、多くの人間が「そういえば、この人の噂はよく聞くな」程度の認識だったようだ。


 面白半分のランキングであったが、それがきっかけで名前が世に知れ渡った人間がいた。


 それが、泉コクヨウである。


 第五階層の最奥にいるボスを六十回以上も単独で討伐したという記録を持ち、レイドバトルには六回も遭遇している。そして、そのいずれでもほぼ一人でレイドボスを倒したという伝説の持ち主であった。


「それ……人間?」


 老人が素手で熊を倒したというレベルの話ではない。老人が素手で龍を倒したというレベルの話だ。つまり、ありえない。


「噂に尾ひれはついていると思うけど、実力者には間違いないみたいね。ネットで有名な人だったけど、深夜のテレビで何度かインタビューされたこともあったらしいから。あと、その当時はなんと高校生」


 イチズたちと同年代だ。


 冒険者の才能を持った少年が、若者たちを中心とするネット文化のなかで有名になるのは当然であったのだろう。


「でも、今ではさっぱり名前を聞かない人だよね。まぁ、今の方が個人情報の保護がしっかりしているからかもしれないけど……」


 冒険者のランキングを企業が作っている時点で、個人情報なんてあってないようなものだろう。日本はダンジョンに関する法律に関しては遅れており、今では信じられないことが十年前にはまかり通っていたということもよくあるのだ。


「むしろ、その人の事件で冒険者の個人情報の取り扱いが前よりも厳しくなったのよ。……その人の両親は、自宅で殺されたの。同時刻に自宅にいたはずの幼い弟も行方不明。しかも、第一発見者は当時高校生のコクヨウ君」


 ちょっとした有名人の家族が殺された事件は、少しだけ世間を騒がせた。しかし、同時期に別の大きな事件が起きたこともあり、世間の興味はすぐにそちらに移ったという。


「一家惨殺事件より大きな事件って、なんなのよ!テロぐらいでしょ。テロ!!」


 再び興奮しだすイチズに、ヨルは今度はノートを投げつけた。ちなみにイチズが休んでいた間の授業内容が書かれており、後で本人に写させようと思っていたものである。


「落ち着きなさい。あと、一家惨殺されてないから。兄弟は生き残っているから」


 兄は第一発見者で、弟は行方不明だ。


 両親は亡くなっているが、一家惨殺はされていない。


「ダンジョン内部の地図を民間の企業が売れなくなる法律が決まったの。それまでは店ごとに冒険者から情報を集めてダンジョンの地図を独自に作っていたんだけど、それだと地図の値段も精度も個々に違う。使う地図によって、冒険者の死亡率が違うなんて話もあった。それを問題視した人が色々と運動を起こして、地図は冒険者が安く買えるようにしたの。というか、国が作った地図しか売れなくなったわけ」


 今では常識だが、ダンジョンの地図の製作は国が行っている。ダンジョン警察の管轄の仕事のはずだとイチズは記憶しており、彼らの仕事によって冒険者たちは均一の質の地図を安価で使用できていた。


「でも、地図を国が作るようになって、それを商売にしていた小さな店が倒産したりしたのよ。秋葉原の個人商店とか、けっこう良い地図を作る店があったって話。大きめの企業だって、ダメージはあったと思うわよ。つまり、ダンジョンに関連する商売に革命がおこったわけ」


 その革命に、コクヨウの両親の殺人事件及び弟の誘拐事件は世間から隠れてしまった。しかし、当時のコクヨウ少年の心情を考えるのならば良い事だったのだろう。


「そうやって忘れ去られてた事件だったんだけど……。コクヨウの弟が、あんたの動画に映っている泉メノウじゃないかって話になっているのよ。ネットのなかだけの話だけどね」


 コクヨウとメノウの関係性については、イチズは懐疑的にならざるをえなかった。


 魔力は遺伝すると言われているので、冒険者の身内が冒険者であることは珍しくない。親兄弟でパーティを組む人も多いほどだ。行方不明になったコクヨウの弟が、冒険者の素質を持っていてもおかしいことではない。


「名前と年齢が、偶然一致しているってだけだと思うけど。そこまで珍しい名前ではないと思うし……」


 『泉』は、とても珍しい苗字という訳ではない。名前だって、偶然の一致は十分にありうるものだ。


 第一に、コクヨウの弟は行方不明なのである。イチズが助けたメノウが、コクヨウの弟である可能性は低いように思われた。


「あんたのカメラはダンジョンの内部で壊れたみたいなんだけど、最後の最後で男の人を映しているの。顔が映ったのは、一瞬だったけど」


 イチズも確認したが、ヨルの言葉通りである。


 カメラは、壊れる前にレイドバトルに参加していないはずの男性を映していた。その後は、すぐに壊れてしまったようで画面は真っ暗になっていたが。


「その男の人が、泉コクヨウじゃないかって言いだした人がいるのよ。あんたの配信はレイドバトルの途中で途切れていたから『伝説の冒険者の泉コクヨウが、行方不明だった弟の泉メノウを助けるためにレイドバトルに乱入したんじゃないのか』という噂になった」


 つまりは、妄想の美談が生まれたわけである。物語というのは、分かりやすく印象的なほど広まりやすい。


「だから、あんたの動画は『ダンジョン警察の仕事を見たい人間』『最新のレイドバトルを見に来た若い世代の冒険者』『最盛期の泉コクヨウを知っている冒険者』『未解決事件マニア』っていう複数の層にウケたって訳ね」


 そこからは人が人を呼んで、動画はバズったらしい。


「私の動画は、よく分からない理由で映ったよく分からない男の人のせいでバズったの?」


 流行を予想するのは難しいとは言うが、配信者が意図しない第三者の介入で登録者が増えたというのは腑に落ちない。


「まだまだ増えると思うわよ。泉コクヨウは、同世代にはネームバリューがあるみたいだし。若い世代も当時の事件を調べているみたいね」


 すぐに世間から忘れられたといっても衝撃的な事件だったはずなので、情報は山のように残っているだろう。


「コクヨウの両親が殺されたのは、コクヨウが有名な冒険者だったからって説もあるらしいわよ。有名になったから、やっかみを買ったとか。あと、兄と同じくすごい冒険者の才能があった弟は外国に売られたとか。当時は、何件かの自動誘拐があったらしいし。」


 ヒビナを見返すために登録者数は増やしたかったが、こんなふうに伸びるとは思ってもみなかった。


「あのさぁ……。私が最初に企画した第一階層の冒険者にインタビューした所は、話題に上がってないの?」


 元よりイチズが企画した企画は、そちらだったはずだ。


「誰も話題にしてないわよ。ネームバリューの差って、残酷よね」


 イチズは、動画一つに世間の厳しさを教えられているような気がした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る