第14話親からの制裁


 イチズは、頭を抱えていた。


 レイドボス戦に巻き込まれてから、すでに三日が経過している。その間、イチズは外界から隔絶されていた。いや、正確に言えばネットの世界から遠ざかっていたのだ。


 理由は単純明快で、母親にスマホを没収された。


 レイドボス戦の最終局面で、イチズは魔力をメノウに譲りしすぎて気絶したらしい。


 気がついた時には、第一階層にいた制服姿の中年女性に「大丈夫ですか!」と大声で尋ねられていた。見覚えのある顔だなと思ったら、ダンジョンの入り口にいる受付の女性だ。今日も挨拶をしてからダンジョンに入ったので覚えていた。


 ダンジョンの管理は国の管轄であり、入口には必ず役所の人間がいた。トラブルが発生した際には駆けつけてくれる存在で、第一階層の入り口に転移させられたイチズは彼女に保護されたらしい。


 自分の母親と同じ年頃の女性の顔に安心したイチズは、情けないことに再び気絶をしたのだ。そこから病院に運ばれたらしい。


 イチズを含むレイドバトルに巻き込まれた冒険者たちは、ほとんどが魔力切れで病院に運ばれたらしい。それほどまでに激しい戦いが繰り広げられていたということだ。


 イチズたちがいたダンジョンでレイドバトルが起きたのは十数年ぶりのことで、レイドが終了するまでの間は結構な騒ぎになっていたらしい。


 イチズの手からいつの間にか滑り落ちていたカメラは行方不明になったあげく、戦いの終盤を撮り逃していた。落ちた場所がよっぽど悪くなければ、動画は自動的にチャンネルにアップされているはずである。


「レイドバトルが起きているって、外からでも分かるんだ……」


 イチズは冒険者ではあったが、自分はレイドバトルには巻き込まれないだろうとたかをくくっていた。そのため、レイドバトルについては噂程度の事しか知らない。


 入院中に他の冒険者にレイドバトルの事を聞いたら、バトル中は一時的に他の階層への移動が出来なくなるらしい。第一階層は常に人がいるから、そのような変化があればすぐに分かるという。


 レイドバトルでは必ず負傷者がでるため、地域によっては予め病院に連絡をいれる場合すらあるそうだ。


 今回のレイドバトルで居合わせた人々の怪我の状態などが、イチズも気にならない訳ではなかった。だが、名前が分かっている人間三人だけだ。


 三島フブキ、泉メノウ、磯崎ウミ。


 その内の二人はダンジョン警察だが、磯崎ウミの身元は分からない。そのため、探すことすらままならなかった。


 同じダンジョンで倒れたのだから、レイドバトルに参加した全員が同じ病院に運ばれたのだろうと最初こそ侮っていた。だが、同じ場所で倒れたとしても運ばれる病院は違うらしい。


 患者を受け入れるかどうかの判断は病院側がおこなって、病院の都合が優先されるという。よく考えれば、十数人が一度に倒れても対応できる病院なんて少ないだろう。


 そもそも個人情報うんぬんの問題でレイドバトルに偶然居合わせただけの他人のことなど、看護師がイチズに教えてくれるはずもない。


 死人や重傷者はいなかったらしいので、イチズが刺してしまったメノウも死んだりはしなかったらしい。それを聞いた瞬間に、イチズの身体からは力が抜けてしまった。


 メノウが生きていたことが嬉しいというよりは後遺症が残るほどの重症を負わせたり、殺人を犯さなくてすんだ気持ちの方が強い。レイドバトルであれだけ庇ってもらっていたのに、自分の薄情な心情にイチズは呆れ返った。


 レイドバトルに参加していた面々の調査についてはそれで終わったが、自分自身のことは簡単にはいかない。


 冒険者や配信のことは、親から許しをもらっていた。未成年のメノウは、保護者の許しがなければ冒険者になることは出来ない。


 ダンジョンに潜りたいと言ったとき、母親は良い顔をしなかった。学生時代にバイト感覚で冒険者をやっていた父親が、自立心を養うためと理由をつけて母を説得してくれたのだ。


 結果として、ダンジョンに潜る前と後には親に連絡をいれるという条件で冒険者になることを許してもらっていた。


 だというのに、病院に運ばれたと連絡が行ったのである。母親は大激怒し、危うく冒険者の資格を保護者権限で没収されそうになった。


 過去に同じ経験をしたらしい父が一緒に土下座をしてくれなければ、成人するまでダンジョンには潜れなかったことだろう。


 自宅で経過観察をするようにと言われた数日間だけスマホを没収されたのは、実に温情ある裁きだった。なお、パソコンも禁止であった。


 言いつけを破ったら禁止になる日数が伸びるのは目に見えていたので、イチズは大人しく親の裁きに従うことにしたのだ。


 イチズの手にスマホが帰ってきた時に最初に目についたのは、友人である菅原ヨルからの大量のメッセージである。アプリを使って送られてきたメッセージは「動画を確認しなさい」というものばかりだ。


 そうして、イチズは自分のチャンネルを確認した。


「えっと……登録者数って、こんなに伸びるもんなの?しかも、限界まで投げ銭してる外国人もいるんですけど……」


 小学校の頃からのんびりとやっていたはずの自分のチャンネル登録者数が、百万を超えていたのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る