第11話空中ブランコみたいな


「死なないからね。絶対に、死なないからね!!」


 イチズは叫びながら、巨大な卵から逃げ回る。どんな光景がカメラに映っているかは、もう分からない。そんなものを確認したり、心配している暇はなかった。


「危ない!」


 急に、イチズの身体が宙に浮いた。その浮遊感に、イチズはレイドバトル階層にやってきたときのことを思い出す。あの時に感じていた温もりと同じである。


『リアルお姫様だっこ!』


 イチズが正気に返れば、彼女はメノウの腕のなかにいた。冒険者の跳躍力を生かして地面から跳び上がり、自分に向かってくる巨大な卵をメノウは髪を使って弾いている。


「上からなら、攻撃も通りますかね?」


 イチズの返事も待たずに――というより最初からイチズには質問していたわけではなかったらしく、メノウは二つに分けた髪を壁に突き立てて天井に向かって登っていく。


 ロッククライミングの要領で壁を登っていくメノウだが、抱きかかえられたイチズはたまったものではない。


 悪路を進むトラックをよりも酷い揺れとジェットコースターにも負けない浮遊感を味わいながら、イチズは白目をむきながらもガマガエルの頭頂部を確認した。


「いやぁ、無理っ!こんなのは無理だよぉ!!」


 イチズの悲鳴と共に、メノウはガマガエルの頭に向かって落ちていった。そして、その頭を髪を突き立てる。


 ぐちゃり、と音がした。


 その音だけで、イチズの意識は遠くなる。


 ガマガエルから膿のようなものが排出されなかっただけ、マシであったのだろう。メノウが突き刺した箇所から多量の膿が排出されていたら、イチズは黄色い体液塗れになっていたはずだ。


「あんまり手ごたえないですね」


 メノウが髪を引き抜くと、あっという間にガマガエルの傷はふさがった。


「レイドバトルは凡庸の数だけやっているはずなので得意なのですが、これは一人ではムズイという奴ですね」


 ガマガエルの頭の上で悩むメノウだったが、イチズはそれどころではなかった。


 なお、メノウは絶え間なくガマガエルの頭部に髪の毛で作った拳を打ち込んでいる。ガマガエルが痛がっている様子はないので、打撲の攻撃も足元の水によって回復してしまうらしい。


「凡庸の数って、なんなのよっ。凡庸の人間なんて星の数ほどいるって!もしかして、煩悩なの!?難しい言葉を無理に使うなぁ!!」


 ガマガエルが動き出したせいで、不安定な場所に立っていたメノウが足を滑らせる。メノウは、そのまま床に音もなく着地した。


 ガマガエルの頭上にいたのでイチズは気がつかなかったが、メノウの他の冒険者は息を切らしている。レイドバトルの経験者であるウミも疲れを隠せないようだ。


「凡庸……煩悩。あっ、そうです。汚物さんが言っていたのは煩悩です。僕は煩悩の数だけ、レイドバトルの経験をしています」


 メノウの腕の中で、イチズは煩悩の数を頭に浮かべる。イチズは無宗教だが正月は祝う。だから、煩悩の数ぐらいは知っていた。


「ひゃくやっつ……。ひゃくやっつ?」


 イチズは、驚きを隠せなかった。


 そして、一瞬にして冷静になる。


「日本語だと数をかぞえられないのか……」


 今までのやり取りを思い出すに、メノウは確実に日本語を間違えている。


「恐らくだが……。ガマは、卵の攻撃中は動かない。つまり、卵の攻撃が終われば……動き出す」


 ウミの分析は当たっていた。巨大な卵の攻撃が止まり、卵よりも大きなガマガエルが動き出す。


 どしり、どしり、とガマガエルは歩き。巨大な体からは、長大な舌が吐き出された。


「捕食される。絶対に、捕食されて消化されるって!!」


 イチズは、ぎゃあぎゃあと騒ぐ。


 しかし、メノウはイチズのことを全く気にしていなかった。自分に向かってくる舌を髪で弾いたり、壁を髪に突き立てて移動して攻撃を避けている。


 ガマガエルの舌での攻撃が止まれば、再び巨大な卵の攻撃がやってくる。


 全力を出して戦っていた冒険者たちだが、その場に倒れ込んでしまう者が現れ始める。魔力が切れて、ダンジョン内での行動が不可能になったのである。


「メノウ、降りてこい!」


 チンパンジーのように壁から壁へと渡り歩いていたメノウに着地を命令したのは、フブキであった。


「ガマガエルはレベル百五十で、こちらは仲間たちが続々と倒れている。早めに勝負を付けたいが、あのガマガエルの身体を水から離すようなことは出来るか?」


 フブキの問いかけに、メノウは悩み始めた。


 そして、数秒後に答えを出す。




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