第5話ダンジョン警察


『後ろから隠し撮りって、やばいだろ。肖像権とか色々あるんじゃないのか?』

『ダンジョン内の配信では他人が映り込むのが当然だから、暗黙の了解でOKではある。でも、あくまで暗黙だし……』

『公務執行妨害で、タイホーとかないの?』

『まぁ、顔にはモザイクをかかっているけど』


 コメントは心配の声で溢れている。


 それもそうだろうな、とイチズは考えた。イチズだって切羽詰まっていなければ、ダンジョン警察の後をつけるなんて考えなかっただろう。イチズだって、国家権力に楯突くほどアウトローな人生を送ってはいない。


「全部、ヒビナが悪い。あんなに登録者を持っていかれるだなんて……」


 イチズは、思わず唇を噛んだ。


 ヒビナは個人のチャンネルを開設して、そこでダンジョン攻略を配信している。イチズのチャンネルで個人ファンを増やしていたこともあって、ヒビナのチャンネルはイチズとは違って好調のようだ。


 ヒビナの子犬のような可愛さとは裏腹な派手な戦闘スタイルは意外性もあって、男女ともに好かれていた。それでなくとも、弟や後輩のように可愛がられやすい性格なのだ。人格面でも人気は上場だった。今となっては、妬ましいが。


 ヒビナがイチズと別れたことは周知の事実だが、視聴者からの不平不満のコメントは少ない。高校生のカップルは、気軽にくっついて分かれるものだと世間では思われているらしい。


 むしろ、独り身になったことでヒビナには異性からのラブコールのコメントが増えたようだ。


 しかし、スズという女子に乗り換えたことはチャンネルでは秘密にしていた。友人にだって言えないような別れ方だったので、視聴者に言えるはずもないのだろう。


 イチズは、他のクラスの生徒であるスズのことをよく知らない。調べようとも思わなかったが、ヒビナと一緒にチャンネルを運営したいタイプではないらしい。いっそのこと一緒に動画に出てくれたら、不平不満のコメントで満ち溢れたであろうに。


 ダンジョン警察の二人は、第二階層を迷いなく進んでいく。途中で行く手を阻むモンスターの出現もあったが、蚊でも叩くような気軽さで倒されていった。


『巨大ネズミを一撃かい!いや、あいつらキモイだけで弱いけど』

『第二階層のモンスターなら、これぐらいの速さで倒せるヤツは多いだろ』

『トップの奴らはえげつないからなぁ。第二階層のモンスターを百匹殺せるかの企画を見たことあったけど、人じゃない動きしていたぞ』


 倒したモンスターはわずかに輝いてから、それぞれの種族に則したアイテムに変化する。このモンスターは倒されてから三十分で復活し、再び倒されても同じアイテムに変化するのが普通だった。


 よっぽど強いモンスターでもなければ使い捨てのアイテムしか入手は出来ないが、ダンジョン内のみ食せば体力や魔力を回復する不思議なアイテムもあった。


 外界の常識など効かない。


 これこそが、ダンジョンだ。


『あいつらも倒したモンスターのアイテムはしっかり回収するんだな』

『公務員だって、カツカツなんだろ』

『公務員でいるより、普通の冒険者の方が稼げるんじゃないのか?』


 コメントを眺めながら、イチズはダンジョン警察の様子を影に隠れて盗み見ていた。今のところ、モンスターと戦っているのは年上の方だけである。


 年上の警察は、珍しいことにトンファーを武器として使用していた。人気の武器は剣や槍といったものなので、トンファーはかなり珍しい。イチズも初めて見たほどだ。


 年上の警察は、トンファーを生かせるだけあって手足がすらりと長い。冒険者として鍛えているせいもあって、非常に見栄えがした。今は動きやすい姿だが、スーツを着せたら似合うだろう。


 それだけだったらいいのに黒縁の眼鏡に撫でつけられた髪のせいで、イチズは中学校の頃に嫌いだった数学教師を思い出した。面長な顔さえも似ているような気がしてくる。


 モンスターが変化したアイテムを回収しているのは、長髪の方である。戦わないということは、新人を教育しているのだろうか。それにしては、長髪の方もダンジョンに慣れているようだが。


『あー、アイテムボックス使ってるじゃん。公務員がなのに良いもの使いやがって』

『それいったら、あのメガネはステータスが見えるヤツだよ。くっそー、公務員め』


 イチズは、驚いた。


 レアなアイテムにさほど興味を持たないイチズであっても、コメントに上がった二つは知っている。


 アイテムボックスは袋またはバックに似た形状をしているが、ダンジョンで得たものを無限に収納できるものだ。


 ステータスを見ることが出来るメガネは、敵のモンスターの状態などを確認することが出来るものである。


 どちらも冒険者には垂涎の品であり、大金で取引されているアイテムである。あのアイテムが国からの支給品であるならば、公務員として冒険者をやるのも利点があるのかもしれない。


『もう第三階層か。まぁ、ここからが本番だし』

『さすがに後をつけるのは、危なくないか。第三階層からモンスターもダンジョンの内部も本格化するぞ』

『かえれー。撮影者だけなんて無謀すぎる』


 不吉なコメントが示す通り、イチズの目の前に広がる光景は第一階層と第二階層とは似ても似つかない作りをしている。


 第一階層はレンガで作られており、見通しの良い広場のような場所である。


 第二階層は迷路のようだという人間もいるが、分かれ道はなく前後のみに気を付ければモンスターに不意を突かれるということはなかった。


 そして、第三階層。


 そこは、もはや材質からして第一と第二階層とは違っていた。ごつごつとした岩ばかりが並び、天然な洞窟のような不気味な雰囲気を醸し出している。


 第三層は狭かったり細かったりと道の幅が一定ではない。分かれ道もも多く、事前に地図を入手していなければ進むことが難しい。第二階層よりも圧倒的に戦い辛い地形である。


 故に、ダンジョンは第三層からが本番という人間も多い。


「いつ見ても不思議。だって、ここは地下のはずなのに……どうやったら天井がここまで高くなるんだか」


 イチズが見上げるのは、十五メートル以上はある天井である。


 第一階層も第二階層も、ここまでの天井の高さはなかった。なにより、第二階層から十五メートルも降りてきたという感覚はない。この不可思議なダンジョンの作りは、政府の調査でも理屈が解明していないことの一つである。


「やばっ」


 イチズは、慌てて護身用に持ってきていたナイフを抜く。天井から黒い絡まりが音もなく飛んできたのを確認したのだ。


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