第3話底辺配信者に逆戻り



「テステステス……。しっかり、映っているよね」


 イチズはカメラを片手に、インカムの位置を確認する。唇とマイクの位置が近すぎるのが気になって、細かくインカムの位置を調整した。


 自撮り棒に取り付けられたカメラは、ダンジョン内で見つかった部品で組み立てられている。イチズの魔力で動いており、充電などは必要ない。


 やたらと丈夫なのが売りのカメラであり、この間は壁に叩きつけてしまったが傷は一つもついていない。このカメラに買い替えて良かったと思った瞬間だった。


 前に使っていたカメラであれば、間違いなく壊れていただろう。カメラを買い替えたことによる唯一の利点だ。購入の思い出と値段からして、それ以外は最悪の思い出しかない。


「それじゃ、始めるよ。イチちゃんねるのダンジョン配信スタート!今日は一階層にやってきた冒険者たちに、突撃インタビューをかますぞ。皆の衆、しっかりついてこーい!!」


 イチズが立っているのは、レンガ作りの迷路というべき場所だった。窓や電灯といった光源もないのにうっすらと明るいのが、幻想的とも不気味とも言える。


 地下に向かって伸びている空間は、下に行くほど壁や床の材質が野性味を帯びていた。


 一階はレンガ作りだが、地下二階は洞窟のように大小様々な岩が転がっている。さらに降れば足元はいっそう悪くなり、一部では湖のように水が溜まっている場合すらある。しかし、どんなに道が険しくなろうとも明るさだけは変わることはない。


 現代科学では、説明の出来ない地下に続く迷路。


 四十年以上前から世界中で出現しはじめた不可思議な空間。


 その空間でしか生命を維持できないが、外界の法則を無視した攻撃をすることが出来る生物。


 人類が積み上げた常識を打ち壊す空間は、ダンジョンと名付けられていた。そして、そこで発生する生物はモンスターという呼称を得ることになる。


 ダンジョンが出現した当初は、大きな混乱と探索のために多数の犠牲が出てしまった。だが、時代が進むにつれて、ダンジョンの謎は次々と解明されていく。


 さらに、ダンジョンからもたらされるアイテムと呼称される物体が経済に関わるようになった。それからは民間人がダンジョンに潜ることも多くなり、法律が整った今ではルールを守れば危険の少ない稼ぎ場として認識されている。


 日本人の感覚で言えば、山菜採りやきのこ狩りに近い。


 クマとの遭遇や遭難といった予期せぬ危険があるが、自分の手で収穫物を手に入れて売ることも出来るからだ。その為、イチズのような学生でも条件さえ満たせばダンジョンに入ることが出来た。


 モンスターが出現するのは、第二階層から。なので、第一階層には殺伐とした雰囲気はない。


 イチズのようにダンジョンを攻略するには軽装過ぎる格好の者もおり、彼らのなかには情報収集のみを目的にやってきている者いる。


 ダンジョンに潜る人間は、冒険者と呼ばれている。ほとんどが副業としてダンジョン探索を行っており、これ一本で食べている人間は日本では数人しかいない。


 これは日本の物価の高さも要因であり、物価が安い国ならば冒険者の稼ぎだけで暮らしていくことも可能だ。


 国によってダンジョンとの関わり方は少しずつ違うが、共通点もある。モンスターが出現しないダンジョンの一階は、冒険者の社交場になりやすいということだ。


 同じような目的の人間が集まるので話は弾むし、モンスターの出現率や迷いやすい箇所などの情報交換が出来る。政府公認の地図は格安で入手できるが、生の情報に敵うものはない。


「あそこにいる女の子二人組に突撃するよ。軽装だけど、第二階層狙いかな?」


『第二階層じゃ、たいした儲けにはならなくない?』

『慣らしとかだろ。初回で第三層に行くと酷い目にあうぞ』

『観光目的とかなら、第二階層で足りるだろ。結構、ダンジョン巡りしている奴らもいるぞ』

『ダンジョン巡りは国内だけな。国外のダンジョンは旅行者侵入禁止になっているぞ。治安の悪い国だとダンジョンの内部で麻薬の密売と人身売買が行われているらしい』

『モンスターはともかく、日本のダンジョンが安全って本当なんだな……』


 画面で流れるコメントを横目で見つつ、今日は十人も見てくれたらラッキーかなとイチズは考えた。


 自身の『イチちゃんねる』を小学校二年生の時に開設し、高校二年生になるまで運営をしてきたちょっと息の長い解説者。それが、極普通の女子高校生であるイチズの唯一の自慢だ。


 最初は子供の遊びに毛が生えたようなもので、登録人数は友人の数だけ。友達のペットのハムスターの様子や親のメイク道具で悪戯をする配信は数多くのチャンネルに埋もれていった。しかし、親に怒られた記憶もセットで幼少期の良い思い出だ。


 ダンジョン配信を始めたのは高校生になってからの事で、最初こそは乗り気ではなかった。だが、登録者数の上位のチャンネルがこぞってダンジョン配信ばかりになってしまったこともあり、人目につくためには自分も後続に続くしかないと思ったのだ。


 しかし、最初のころはダンジョン配信と言っても一階で人々にインタビューをする程度だった。人気の配信者たちは、モンスターと戦う動画を取るものだ。それぞれのチャンネルに持ち味こそあるが、基本は変わりがない。


 それは、イチズだって分かっていた。それでいて手を出さなかったのは、眼の前で戦ってくれる知り合いがいなかったのだ。


 イチズ自身が戦えればいい話だが、誰が撮影をするのかという問題になってくる。ヒビナが自分の闘う姿を撮影してくれと言わなければ、縁がなかったのかもしれない。


 こうして始まったダンジョン配信のおかげで、身内しか見ないチャネルは急激に成長した。


 高校生カップルだけでダンジョンに潜る同業者は何組もいたが、そこはイチズの長年の経験が生きた。「画面が見やすいんだよね」とコメントをもらったことは一度や二度ではない。これらは、撮影者冥利のコメントだった。


 チャンネルで得た利益とアイテムの収入は、ヒビナと全て折半だった。収入に関して揉める話を多く聞くので「ヒビナって撮影している私の事も疎かにしないんだな」と当時は感動していたものだ。


 だが、なんてことはない。


 カップルごっこを辞める際に必要以上に揉めたくなかっただけなのだ。おかげでお金に関しては、話し合いをする隙さえなかった。


「お姉さんたち、このダンジョンは初めてですか?」


 イチズがマイクを向けると陽気な性格らしい女性たちが「そうです!」と答えてくれた。


 溌剌と答えてくれた女性はノリが良さそうで、今日は運がいいぞとイチズは内心でガッツポーズをする。素人のインタビューということだけあって、イチズのインタビューは大抵の場合はすげなく断られるのだ。


 イチズは自分が配信者で、撮影とインタビューの許可をもらう。女性は顔にモザイクをつける条件で撮影を許してくれた。


 こんなにも面倒くさいことをやっているのは理由がある。イチズは、撮影の技術を持っていても戦闘はからきしなのだ。魔力で身体能力が上昇していても、戦いは運動神経とセンスがものを言う。


 一人で撮影と戦闘が出来る方法があっても、イチズは手を出さないであろう。政府公認のダンジョン体験ツアーで、槍を片手に泥にまみれて思い知ったことだ。


 チャンネルの運営方針を初期のものに戻したせいもあって、登録者数は目に見えて減っている。ヒビナの新しいチャネルに、ファンをごっそりと連れて行ってしまったことも大きな原因だ。


 つまらないお昼のバラエティごっこより、刺激的な戦闘動画の方が見ていて楽しいであろう。しかし、ヒビナだけには負けられない。


 今回の動画の企画は「一階層にいる冒険者に突撃インタビュー」である。ただし、アポなしだ。断られることも多いし、撮影を嫌がられることも多い。


 仕方がないことではある。若者の間でダンジョン配信が流行っていると言っても、あくまで若者文化でしかない。少し上の年齢層には、なかなか理解が及ばない分野である。


 遊びのつもりで来ているならば帰れ、と怒鳴られることさえあった。怒鳴った方からしてみれば、イチズは軽装で登山をするような山を舐めた若者に見えるのだろう。


 世界で出現したダンジョンは、共通した特徴をいくつも持っている。


 地下に向かって、五つの階層に別れていること。


 下層に行くに従って、強力なモンスターが住みついていること。


 現代兵器が無効化され、ダンジョン内で発見される武器のみが有効な戦闘手段となること。


 そして何より、魔力を持った一部の人間しか出入りが出来ないということだ


 これらの特徴を兼ね備えたダンジョンは今なお少しずつ増えているが、はっきりとした原因は不明である。政府は言葉だけは迅速に調査を進めているようだが、民間人はその上を行っていた。


 ダンジョン内に隠されたアイテムやモンスターがドロップしたアイテムを売買するようになったのだ。ネットオークションや秋葉原、はたまた地方都市のどこに行ったってダンジョン内で見つけられたアイテムを買うことは今となっては容易い。


 さらに魔力はないがダンジョンの内部を見てみたいというというニーズも生まれ、ダンジョン配信などの需要も生まれたのであった。


 これに関しては、ダンジョンで採取されるアイテムのみで組み立てられたカメラの出現が大きい。このようなカメラが発明される前は配信など考えられなかった。


 ダンジョン内で使える武器は外に出せばなまくらになるし、逆に外の武器をダンジョンの中に持ち込んだら役立たずになってしまう。つまり、ダンジョンで使えるのはダンジョン内で手に入れたものだけという原則があるのだ。


 冒険者たちがダンジョンの外で専用の武器を気軽に持ち歩いているのは、この法則のせいである。ダンジョン内で使える剣を持っていたとしても、外の世界では玩具と変わらない。


 だからといって、ダンジョン内で好き勝手に武器を振り回せるわけでもない。ダンジョン内でしか適用されない法律というのも山ほどあるのだ。


 ダンジョン内での安全性や治安維持のために政府は色々と手を回しているからだが、元が良くも悪くも平和ボケした国である。他国のような凶悪な人間同士の事件は起きておらず、今のところ大きな縛りは出来ていない。


 つまりは、ダンジョンの外と同じように法律を守っていれば良いのだ。


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