第2話最悪の別れ話
この国は平和で豊かだが、不幸だってある。
「撮影者として協力してもらいたかっただけ。付き合って欲しいっていうのは嘘だ」
社会人からみたら、一年という数字は短いのかもしれない。だが、高校生にとっての一年はとても長い。水守イチズは、その長くて貴重な一年間をドブに捨てていたらしい。
「だから、撮影者としてダンジョンに着いてきてもらいたかっただけなんだよ。恋人だとか付き合っているなんて、所詮は釣りのつもりだったし。高校生カップルがダンジョン攻略実況なんてありきたりではあったけども、一人でやるよりは話題になるだろ」
高校生御用達のハンバーガーショップで、シェイクを片手に言われた別れの言葉であった。いや、別れ言葉ですらない。恋人だと思っていた相手は、最初からイチズを騙していたのだ。
クラスメイトで今さっきまで恋人だったはずの扇田ヒビナの言い分は、しごく単純だった。
ダンジョンで格好よく戦う自分を撮影してくれる人間が必要だったので、撮影歴の長いイチズを誘ってダンジョン配信者になった。
告白したのは高校生のカップルチャンネルにした方が、回覧数が伸びると思ったから。
告白はしたが、愛はない。付き合っているというのは、視聴者を呼び込むための釣りだった。
話を整理したイチズは、手の中にあるシェイクのカップを握り潰しそうになった。人目がなければ中身をヒビナに向かって投げていたかもしれない。
自分の中途半端に理性的なところが、今ばかりは悔しくてたまらなかった。かっとしやすい性格だったら、物理的なダメージをヒビナに与えられたはずだ。
徹頭徹尾、ヒビナは自分の事しか考えていない。そのくせに、ベビーフェイスの笑顔は今日も可愛らしいのだ。
自由な校風の恩恵を受けて、うっすらと茶色に染めた髪と色白な小顔は子犬のようだ。ヒビナはクラスの女子に、そんなふうに言われている。恋人にするよりは弟にしたいと言っていたクラスメイトもいたほどだ。
つまり、顔立ちは整っている。だからといって、女子を利用して良いほどの美形ではない。否、そんな美形は元よりいないのだが。
イチズは、自分を普通の女の子だと思っている。人気の女優に似せて髪はショートカットに整えて、色付きのリップは手放さない程度にはオシャレだ。
学校にエクステを付けてくるような派手な美人女子たちには敵わないが、顔にコンプレックスはないのでまあまあ可愛い方だろう。そんな「まあまあ」の自分と子犬系のヒビナのカップルは、釣り合わないと女子に陰口を叩かれたこともあった。
しかし、イチズは気にしなかった。
世の中のカップルなんて、そんなものだろうと思っていたのだ。
美男美女カップルなんて、テレビの中だけの話である。そもそも俳優と女優が結婚したところで職場恋愛にすぎない。人は手頃なところで相手を探すのだ。
女子高生にしては少しばかり達観した恋愛観を持つイチズだったが、今回の件については衝撃で眩暈を覚えた。それと共にヒビナと過ごした一年間の思い出が、走馬灯のように蘇ってくる。
告白は、ヒビナの方からだった。
クラスは同じであったが、あまり喋った記憶はない。だからこそ、付き合った当初は不安に思うこともあった。互いに互いのことをよく知っている訳ではない。上手くいくかな、と悩んだこともあった。
思えば、あの悩みは自分らしくなかったかもしれない。雑誌のオマケの星占いまで読み込んでいたのだから、人生初の告白に舞い上がってしまっていたのだろう。
時間を戻せるならば、あの時の自分を殴りたい。
初めてのデートで一時間かけて服を選んだ自分はなんだったのだろうか。いわゆる、道化というものか。
ヒビナが自分の趣味の配信に興味を持ってくれたときは、ものすごく嬉しかった。一緒にやってみたいと言われた時には、全力で取り組もうと思った。登録者数が増えると二人の努力が形になったような気がしていたというのに。
なのに、ヒビノは最初からイチズのことを利用することしか考えていなかったのだ。
こんな人間にクリスマスだからといってファーストキスを捧げてしまったことが悔しい。今からでもタイムスリップして、浮かれてピンク色のリップを塗る自分を殴りたいところである。
「登録者集も伸びたし、折半していたとはいえ収入も結構な額になっただろ。アイテムなんかもそろったから、そういうの売ったらプロのカメラ担当者を雇えるだろうし」
淡々とした言葉で、ヒビノはこれからの予定を話す。
ダンジョン配信者の花形は、戦闘を担当する冒険者だ。撮影係はあくまでも影の存在であり、やりたいと言う人間はあまりいない。
将来は映像関係の仕事に進みたい人間やカメラが好きな人間が撮影に回ることはあるが少数だ。一番多いのは、攻略パーティのなかでの持ち回りで撮影を担当するというという形式だろうか。
イチズは、ダンジョン配信が流行する前から個人で配信をしていた人間だった。有名ではなかったが配信のノウハウは持っていたので、そこをヒビキに付け込まれたのである。
ヒビキにしてみれば、イチズなど便利なカメラ係程度の認識だったに違いない。
そして、十分に金が溜まったので今度からはプロに撮影を頼むことにしたようだ。ダンジョン配信での撮影者不足に目を付けた商売は前々から知っていたが、まさか業者に男を奪われるとはイチズも思ってはいなかった。
「ヒビキとの撮影のために、私の分の収入は全部カメラにつぎ込んだのに……。どれだけしたと思っているのよ!!」
ファーストキスの怒りの次に込み上げてきたのは、貯めていた二年分のお年玉と配信の収入などを全部つぎ込んだカメラである。
プロが使うものとしては中堅どころのカメラで、個人商店のオジサンに「危ないことしちゃだめだよ」と小言を言われながらも購入したものだ。手が届かないところを撮影するのに必須の自撮り棒だって、丈夫な特別性である。
これより前のカメラは、ダンジョンの撮影が出来るギリギリの低度の性能であった。しかも、中古で購入したものだった。個人で配信する程度ならば特に問題はなかったが、戦闘を撮るには性能がたりない。
だからこそ、無理をしてでも新しい価値カメラを購入したのだ。イチズにとってはかなり高い買い物であったが、これでヒビノの活躍を鮮明に取れると思うとワクワクしたものだ。あの頃の気持ちをゴミ袋に詰めて捨てたい。
「じゃあ。そいうことで……」
飲み終わったシェイクのカップを握りつぶして、ヒビナは立ち上がる。そのまま去るかと思ったのに、ヒビナは足を止めた。
「あっそうだ。言っておくけど、俺は磯崎スズさんと付き合うことになったんだ。イチズとスズさんはクラスが違うから接点はあまりないと思うけど、ひがんで虐めとかするなよ」
最後の最後に、恋人を守る勇敢な男の顔をしてヒビノは去っていった。その後ろ姿を見たイチズは、虚ろな目で呟く。
「……殺そう。……そして、埋めよう」
イチズは、中身が入ったままのシェイクを握りつぶしていた。心が怒りで燃えていたイチズは、手がシェイクまみれになったことすら気がつかない。それは、殺意を高めているからであった。
友人に発見されて止めてもらえなかったら、世界から男子高校生が一人消えていたところであった。
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