第44話 覚醒

「雪乃、あまり姫を痛めつけすぎるな。連れて帰らないといけないんだぞ」


 後ろからヤンに注意されて、鬱陶しそうに雪乃は顔をしかめた。


「はいはい、わかってるわよ。でも、お姫様は、そう簡単に捕まってくれる気はないようよ」


 喋りながら、雪乃は無造作に歩を進めて、蓮実との間合いを詰めてくる。自分が蓮実程度の相手に負けるわけがない、という絶対的自信が滲み出ている。


 蓮実は、必死で、一馬や斗司に教わった、戦い方の基本を思い出す。


 相手の攻撃の射線上に入らないようにしつつ、自分の攻撃を当てられるポジションを常に確保する。それが、基本。


 雪乃の目を、手足を、胴体の向きを、よく観察する。どうやって攻めてくるつもりなのか。攻撃が読めるのか、読めたとしても、回避できるのか。


 蹴りが腹に叩き込まれた。息が止まりそうになる。まったく見えなかった。


 ぐらついた蓮実に向かって、雪乃はさらに追撃を仕掛けようとしてくる。


(いまだ!)


 瞬時に蓮実は判断して、雪乃のストレートパンチを、軸ずらしで回避する。だが、その直後、回し蹴りが飛んできた。頭部を強く蹴り抜かれて、意識が吹っ飛びそうになる。


「戦いの素人が、私に勝てると思ってるの!」


 雪乃はさらに追撃しようとしてくる。


 このままだと負けてしまう。蓮実は咄嗟に両手を突き出し、雪乃の激しい攻めに対して、せめてもの抵抗をしようとした。


「これで終わりよ!」


 宣言とともに、雪乃は渾身の力を込めて、右ストレートを放った。


 が、その手は、何かに弾かれたかのように、蓮実の頭部に達する前に跳ね上がった。


「え……⁉」


 いま、何が起きたのか、信じられない、とばかりに雪乃は立て続けに蹴りを放つ。


 その蹴り足も、弾き返された。


 雪乃と蓮実の間に、何か、見えない壁のようなものが存在している。


「な……なに?」


 戸惑う蓮実に対して、杏樹との攻防を繰り広げている涼夜が、戦いの手を休めずに声をかけてきた。


「それはきっと君の能力だ! 使いこなすんだ!」

「の、能力⁉」


 そういえば、悠人が言っていた。アムリタを飲んだ者の中に、時々現れるという能力者の存在。そして、自分は、日本を滅ぼせるだけの能力を持っているらしい。


 この、いま雪乃との間に張られている、目に見えないバリアのようなものが、自分の能力なのだろうか?


 だけど、どうやって使えばいいのかわからない。無我夢中で、自分の身を守るために発動させたので、使いこなせる気がしない。


「むかつく! こんなので、私の攻撃を防げると思ってるの!」


 雪乃は勢い任せの乱撃を放ってきた。怒濤の如き攻撃、であるが、それらは全て蓮実に到達することなく、中間で弾き返されてしまう。


「ええええい!」


 ついに雪乃は怒りの声とともに、空中へ跳躍し、蓮実の頭上から落下しつつの浴びせ蹴りを叩き込もうとする。


 が、それもまた、蓮実の上空で弾き返されてしまった。


「す、すごい……」


 まさかの能力発動に、放った蓮実本人が困惑している。


「雪乃。畳みかけろ」

「でも、ヤン! どうやっても、当たらないんだよ!」

「無尽蔵に使える能力は存在しない。あの防御、いつまでも続きはすまい」

「オッケー! それだったら、とことんまでやってやるわよ!」


 雪乃は心折れることなく、攻撃を再開した。


 気のせいか、段々と、その拳脚は蓮実のほうへと迫ってきている気がする。


(バリアが弱くなってきてる……⁉)


 けれども、蓮実にはどうすることも出来ない。


 ついに雪乃の蹴り足が、届いてきた。まだ何かに阻害されているのか、威力は大したことなかったが、腹に当たった。


(まずい……!)


 次は全力の一撃が放たれることだろう。それを喰らったら、もう終わりになるのは、間違いない。


 雪乃はニヤリと笑った。


「なかなか厄介な能力だったけど、蓋を開ければ大したことないわね!」


 タンッ、と地面を蹴り、雪乃は躍りかかってきた。


 やられる――! と思った瞬間、蓮実の体に、異変が起きた。


 雪乃のストレートパンチは、虚空を貫く。そこには、蓮実はいない。


「な⁉」


 驚きの声とともに、雪乃は上空を見上げた。


 蓮実の体は空中に浮かんでいる。ピタリと静止したまま、少しも揺れ動くことなく、張りついたかのように空中に止まっている。


 この場にいる誰もが、言葉を失っていた。


 もちろん、一番驚いているのは、蓮実本人である。


「う、うそ、私、飛んでる……⁉」

「重力だ!」


 混乱する蓮実に向かって、涼夜は叫んできた。


「重力⁉」

「たぶんだけど、君の能力は重力を操るものだ! 自分の周りの重力を自在にコントロール出来る! いまはまだ、無意識のうちに使っているだけだろうけど、使いこなせれば、とんでもない力になる!」


 なぜ、敵も聞いている中で、わざわざそんな説明をしてくるのか、と最初は疑問に思った蓮実だったが、すぐにその理由がわかった。


 感覚的には、この能力のコントロールが可能になった気がする。


 それまで正体もわからなかった自分の能力について、ヒントをもらえたことで、なんとか制御が出来そうだ。


「……よし!」


 ここまでなす術もなく攻められ続けていたが、ようやく反撃のチャンスが訪れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る