第43話 戦いの決意

「涼夜君⁉」


 蓮実も驚いた。なぜ、彼がここにいるのか。そもそもアマツイクサに捕まって平気だったのか。何もわからないが、ただ一つ言えることは、生きてくれていてよかった、ということだ。


 涼夜は、すぐにはセーラー服の少女に襲いかからず、手を上げて制しながら、まずは話しかける。


「雪乃。そこまでにするんだ。この大学はアマツイクサによって包囲されている」

「兄さん、それはこっちのセリフでもあるわ。主戦派もまた、構内に潜りこんでいる。命が惜しいなら、邪魔しないでちょうだい」

「そういうわけにはいかない」

「なんで」

「僕はいま、アマツイクサの一員だからだ」


 セーラー服の少女、雪乃は、目を見開いた。その瞳には怒りの色が滲んでいる。


「どうして⁉ どうして、あいつらに加担するの⁉」

「事情を説明する気はないよ。とにかく、雪乃、君のほうこそ命を大事にするなら、ここで引くんだ」

「いやよ!」


 雪乃は怒鳴り、涼夜に飛びかかった。もはや言葉ではどうにもならないと考え、実力行使に出たのだろう。スカートを翻し、ハイキックを放った。その蹴り足を、涼夜は軽くさばくと、雪乃の軸足を蹴りで払う。雪乃は足を払われ、転びかけるが、すぐにとんぼ返りで受け身を取って、倒れるのを回避した。


「兄さん! 本気で私達と敵対する気⁉」

「もとより、主戦派とは相容れないからね」

「だからって、アマツイクサに入るなんて!」


 その時、蓮実の動きを牽制していたタンクトップの女性が、ターゲットを涼夜に変更して、ツカツカと歩み寄ってきた。


「雪乃。これ以上の問答は時間の無駄。倒すしかないわ」

「だけど、杏ねえさん、もうちょっと」

「もうちょっと、が通じるほどの余裕は、ない」


 タンクトップの女性は腰のガンホルダーから、拳銃を取り外すと、その銃口を涼夜へと向けてきた。


「杏樹、ためらうな。奴は速い。撃てる時に、撃て」

「オーケー」


 ヤンの言葉を受けて、杏樹は引き金に指をかけた。


 その瞬間、涼夜は一気に間合いを詰めてきた。杏樹が発砲するよりも先に、拳銃を手で押さえ込んで、発砲できないようにする。


「さすがね、涼夜」


 発砲を防がれながらも、杏樹は余裕の態度を崩さず、太もものホルダーからナイフを抜き取り、涼夜の首に狙いを定めて刃を振った。


 涼夜は体をさばいて、ナイフによる斬撃をかわす。


 そこへ、体勢を立て直した雪乃が、飛び込んできた。


「二対一よ! 諦めて、兄さん!」


 雪乃の拳を、涼夜は手で受けて、軌道を逸らす。そこへ、畳みかけるように、杏樹がナイフを突き込んできた。だが、その一撃も、涼夜は巧みに体さばきで避ける。


 二人の連係攻撃を受けても、涼夜は余裕で相手している。


 それを見て、ヤンは苦笑した。


「さすがだな。これは俺も行かねばならんようだ」


 ズンッと重たい足音を響かせ、ヤンは前へ進み出る。ゆっくりと歩きながら、首を左右に倒してコキコキと音を鳴らす。呼吸を整え、筋肉を膨らませ、戦闘準備に入る。


 涼夜が、同時に雪乃と杏樹の攻撃をさばいた、その直後を狙って、ヤンは勢いよく踏み込みながら、涼夜の腹部に剛拳を叩きつける。形意拳の奥義、崩拳だ。


「ぐっ⁉」


 爆発的な拳を叩きこまれた涼夜は、体をくの字に折り曲がらせて、吹っ飛ばされる。研究棟の外壁にぶつかった後、壁にもたれかかって、ごほっと咳き込んだ。


 その横に、蓮実は駆け寄った。


「りょ、涼夜君」

「さすがにあの三人を同時に相手するのはきついな。他の仲間達は、別行動中だし……」


 そこで、涼夜は、蓮実のことを見てきた。


「君は、戦える?」

「え」

「無理はしなくていい。だけど、この状況だと逃げるのも難しい。戦えるのなら、そのほうが生存確率は上がると思う」

「わ、私は……」


 胸の前で、手をグッと握り締め、蓮実は決意の表情を浮かべた。


 守られてばかりでは駄目だ。自分も戦わないと。


 蓮実は、涼夜と一緒に、前へ進み出た。相手は、ヤンが中央奥に仁王立ちしており、その前に左右に分かれて、雪乃と杏樹が立っている。ちょうど、蓮実は雪乃と、涼夜は杏樹と相対する形になる。


「なによ、やる気?」


 雪乃は、ツインテールの髪型、気の強そうな発言、セーラー服姿。いかにもアニメとかに出てきそうな美少女である。


「彼女は雪乃。僕の妹だ。スピードだけなら、僕をも上回るかもしれない。気を付けて」


 そう、涼夜が言った直後、


「無理よ。あんたじゃ、私の速さには追いつけない」


 いつの間に回り込んだのか、背後から、雪乃が囁くように話しかけてきた。


「⁉︎」


 ギョッとした蓮実が慌てて振り返ると、頭に、何かが叩きつけられ、衝撃で脳みそと視界が揺れた。


 ハイキックを喰らったのだ。


 高く上がった美脚と、スカートの下にはいているスパッツが目に入る。


 そこから、雪乃は連続で攻撃を仕掛けてきた。拳を、足を、あらゆる角度から放ってきて、蓮実の肉体をボコボコに痛めつける。


「こ、の!」


 蓮実は反撃の拳を振るったが、所詮は実戦経験の無い、素人のパンチ。当たるはずもない。雪乃は軽やかに攻撃をかわすと、体勢を低くしながらの肘打ちをお見舞いした。


 蓮実は吹っ飛ばされ、地面を何度もバウンドし、転がる。


(無茶よ、あんなの勝てるわけない!)


 普通の人間との喧嘩でも勝てるかわからないのに、高い身体能力を誇る夜刀神相手に、どう勝てというのか。


 それでも。


 生き延びるためには。


 戦って、勝つしかない。


 蓮実はふらつきながらも、なんとか立ち上がった。

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