第45話 乱戦
「いつまでアホみたいに浮かんでいるのよ! 下りてきなさい!」
雪乃に怒鳴られた蓮実は、そう言われたからではないが、能力の発露を少し弱めて、ゆっくりと地上へと戻った。
何となくではあるが、ずっと宙に浮かんでいると、力を使い果たしてしまう気がしたのだ。無尽蔵にこの能力を使えるわけではないだろう。温存する必要がある。
すぐに雪乃は攻めてこない。明らかに警戒している。迂闊に攻め込んでも、重力を自在に操られたら、太刀打ち出来ないとわかっているのだ。
蓮実はこの少し余裕が出来た時間を生かして、ここからどうすべきか、思考を巡らせる。戦うべきか、逃げるべきか。目的であった父の手記は手に入れた。それを持って、穏健派のアジトへ戻るべきかもしれない。
(本当にそれでいいの?)
高速で頭を回転させる。この思考こそが、蓮実の真骨頂。窮地を切り抜けるだけの明晰な頭脳が、彼女にはある。
まず、ヤンによって、穏健派の仲間達は全滅してしまった。生き残っている一馬、斗司、悠人は、主戦派やアマツイクサと戦っている最中だ。涼夜もまた、敵と戦っている。この状況で、何の目算もなく逃げ出したところで、追いつかれて捕まってしまうのが関の山だ。
ならば、どうすべきか。
戦うしかない。
戦って、勝つしかない。
「ヤン! いつまで後方待機してんのよ! あんたも手伝ってよ!」
雪乃が怒鳴ったことで、腕組みして様子見をしていたヤンが、動き出した。まだニヤニヤと笑っており、遊び半分の様子ではあるが、しかし、それでもこの男が戦闘に加わるのは脅威だ。
蓮実の計算が、少しだけ狂い始める。雪乃だけなら、何とか対処できると思っていたが、ヤンは尋常ではない強さを誇る。この男を相手にして、果たして勝てるのか。
そう思っていると、突如、ヤンの前に、何の前触れもなく人影が出現した。
一馬だ。主戦派の狙撃手を倒したのだろう、返り血らしきものが、ナイフを持った手や腕にこびりついている。そして、テレポートの能力を使って、蓮実の助けに入ってきたのだ。
「蓮実さん。こいつは俺に任せて」
「一馬君、でも、大丈夫なの⁉ そいつ、かなり強いよ!」
「強いからって、逃げるわけにはいかないよ」
言うやいなや、一馬はヤンに向かって、ナイフを振りかぶって攻めかかる。
それと共に、雪乃もまた動き始めた。だが、それは蓮実に向かってではない。
「邪魔すんな!」
一馬のことを背後から奇襲しようとする。同時に、挟み撃ちにするかの如く、ヤンもまた正面から一馬に向かって殴りかかった。
雪乃の蹴りと、ヤンの拳が、一馬を捉えたかと思った瞬間、一馬の姿は掻き消えた。攻撃を喰らう寸前でテレポーテーションしたのだ。
直後、雪乃の背後に、一馬は現れた。
「ちょ! ズルよ、それ!」
瞬時に気が付いた雪乃は、一馬の後方からのナイフ攻撃を回避しながら、回転蹴りを放った。その蹴り足の踵が、一馬の頭部にヒットする。雪乃の体勢を崩しながらの攻撃に対して、そこまでダメージを負ってはいないが、それでも一馬はぐらついて、足をよろめかせた。
さらに畳みかけるように雪乃は襲いかかろうとしたが、ガクンと、膝を折った。
蓮実は無意識のうちに手をかざしていた。雪乃に向かって、重力をかけるイメージで、力を放ってみたが、上手くいったようだ。
「ぐ……! 何よ、これ……!」
雪乃は何とか立ち上がろうとするが、全身にかかる負荷には耐えられないようだ。地面に膝をついたまま、動けずにいる。
その隙に、一馬は構え直した。そこへヤンはゆっくりと歩を進めていく。
同時に二人に対して重力をかけることは出来ないようで、蓮実はもう片方の手をヤンに向けて、重力をかけようとしてみたが、まったく効いていない。
とうとう、ヤンは、一馬に攻撃が届くところまで、間合いを詰めた。足を踏み出し、重々しい音を鳴らして、豪快な拳打を放つ。間一髪のところで、一馬はその拳をかわした。が、立て続けにヤンは膝蹴りを放った。それは思いきり一馬の腹部にヒットする。鈍い音が、闇に包まれた大学構内に響き渡る。
吹っ飛ばされた一馬は、地面を転がっていったが、受け身を取って跳ね起きた。
ヤンは、ここに至って、いきなりスピーディに動き始めた。地面を蹴り、一馬へ向かって走ってゆく。
(私の力は、一人にしか、かけられないのね……!)
雪乃を抑え込んでいる重力を解き、今度はヤンに向かって力をかけようとする。
が、自由になった雪乃が、動けるようになった途端、蓮実に向かって突進してきた。
放たれた蹴りを、蓮実は上手くかわすことが出来ず、真っ向から腹部に喰らってしまう。ごほっ、と咳き込みながら、後方へとよろめく。それでも、なんとか踏ん張って、雪乃の蹴り足を掴んだ。
「何よ! 離しなさいよ!」
雪乃は激怒の声を上げ、脚を掴まれたまま、跳び上がって、もう片方の足を振っての浴びせ蹴りを放った。
その攻撃に対して、蓮実はかわすことを選ばなかった。
あえて、カウンターでの反撃を仕掛ける。宙に跳び上がっている雪乃の体に、強い思念を飛ばして、かけられる限りの最大の重力をかける。たちまち、雪乃は墜落するように、地面へと胴体を叩きつけられた。
「あ、ぐ!」
苦悶の呻き声を雪乃は上げる。
攻撃を凌いだ蓮実は、すかさず、一馬の救援に向かおうとする。
だが、間に合わなかった。
一馬のほうを向いた瞬間――ヤンの横殴りの拳が、一馬の頭部に叩きつけられ――首の骨の折れる音が、離れたところからでも聞こえてきた。
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