第38話 いざ死地へ

 支度は迅速に行われた。


 四人ひと組の構成で、計五つの部隊が編成された。


 そのうちのひとつは蓮実のいる組だ。今日出来たばかりのフォー・マン・セル。意思の疎通を図るどころか、非常に険悪な雰囲気だというのに、「水沢教授と顔見知り」という理由で出動を命じられてしまった。


 当然、他のメンバーは反対した。


「お姫様を最前線にやる、というのはあまり賢い選択とは思えませんね」


 一馬の言葉に、巴は肩をすくめて、こう答えた。


「仕方がないわ。水沢教授がなぜあの手記を持っているのかわからないんだもの。もしかしたら全ての事情を知っているかもしれない。そうなれば、主戦派か、穏健派か、あるいはアマツイクサかわからない人に、おとなしく手記を渡してくれると思う?」

「……それもそうですね」


 メンバーの中で一番理知的な一馬が折れたことで、いまにも噛みつかんばかりの顔をしていた斗司も、渋々引っこんだ。


 かくして蓮実の意見は全く聞いてもらえることなく、作戦への参加が決まってしまったのである。




 地上へ出ると、ビルの前の路上に、トラックが五台停まっている。荷台は中が見えないよう、幌で覆われている。部隊ごとに用意したようだ。


 本作戦において第五班となった蓮実たちの部隊は、一番後ろに停めてあるトラックの荷台へと乗りこんでいく。


「はい、蓮実ねーちゃん」


 メンバーの中で一番年下の悠人が、先に荷台へと上がった蓮実に荷物を渡してきた。武器の入っているアルミ製の長細いケースだ。手首が抜けそうなほどにズシリと重い。呻き声を上げながら、荷台へ持ち上げるのに苦労していると、次に乗ってきた斗司が呆れながら手を貸してきた。


「ったく、先が思いやられるぜ。頼むから、最後まで後ろに隠れててくれよ」


 蓮実では無理だったケースを、片手でヒョイッと持ち上げる。さっき斗司に突っかかったばかりの蓮実としては、張り合い勝負に一敗した気分で、なんとなく面白くない。「ありがと」とお礼は言いつつも、ムスッとほっぺたを膨らませた。


「怒んない怒んない」


 コロコロと笑いながら、悠人は荷台へ上がってきた。


「大丈夫だよ、蓮実ねーちゃん。いざとなったら俺が守るから」

「あ、ありがとう」


 無邪気で人懐っこそうで、まだイタズラ少年の面影を残す悠人の可愛らしい面立ちに、蓮実はドギマギする。なんだか、無性にギュッと抱き締めたくなる雰囲気のある少年だ。きっと周りの人たちに相当愛されているんだろうな、とひと目でわかる。


 この子は一体いくつなのだろうか、と考えてみる。中学生くらいだろうか。いや、もしかしたら小学校の高学年かもしれない。しかしアムリタを飲んだのだとしたら、実際はもっと年上なのかもしれない――。


 トラックは動き出した。


 蓮実は作戦のことを思い出す。大学に到着次第、一班から四班までが先にルートの安全を確認し、遅れて五班が進んでいく。一気には進まず、少しずつ様子を見ていく。シンプルな作戦に思えるが、実際には一班から四班には、緊急時におけるそれぞれの役割が与えられている。


 当然、蓮実以外の五班のメンバーは、蓮実の護衛が最重要任務となっている。


「怖く……ないの?」


 三人に尋ねる。荷台の揺れに身を委ねながら、みんな静かにしている。だが怯えている様子はない。淡々と、自分たちの為すべきことのみ考えているようだ。


「あいつら、すごい、強いんだよ」


 アムリタの効果はすでに目の当たりにしている。人を素手で破壊できたり、目にも止まらぬ速さで動いたり。夜刀神の主戦派だけでない、涼夜を捕らえることのできたアマツイクサもまた、尋常ではない強さを持っている。


 あんな連中を相手にして、犠牲を出さずに終わるなんて、不可能に近い。


「……日本人ってさ、反戦とか、専守防衛とか、戦争についてあれこれ議論してますけど」


 一馬が口を開く。


「俺らから言わせれば、部外者の無意味な討論なんですよね」

「部外者……?」

「だってそうでしょ。現実に戦争の中に生きてる人間が、戦争は良くないとか、攻められる前に攻めろとか、その是非を問いますか? ま、自分は安全圏にいるお偉いさんとかは知りませんけど、前線に駆り出された兵士が、『こんなことはよくない。戦うのをやめよう』って言いますか? 言わないでしょ。そんなことをあーだこーだ言ってる暇があったら、とにかく目の前の任務をこなす。その中で如何にして生き延びるかを模索する。そういうもんでしょ」

「何が、言いたいの」

「怖いなー、とか。あいつら強かったらどうしよう、とか。そんな間の抜けたことを言ってる次元じゃないんですよ、これは」


 鋭い目を向け、一馬はピシャリと言い放つ。


「お姫様はまだ眠りから覚めていないようですから、ちょっと厳しめに言いますけどね。死にたくなかったら、センチな感情は捨てたほうがいいですよ。殺されないようにして、殺す。それぐらいの気構えがなければ、ここから先は生きていけないんですよ」


 ゾッとした。一馬だけではない、斗司も、悠人も、さっきまでとは別人のように険しい顔をしている。それは闘いを知らない者たちの顔ではない。命懸けの修羅場を切り抜けてきた戦士たちの表情。


 この子たちは知っている。たとえ経験は少なくても、死線とはどういうものかを――。

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